役員の行為は法人の行為

1 以前、従業員の不祥事と会社の税法上のリスクにおいて、不法行為に基づく損害賠償請求権の益金算入時期について、お話いたしました。
今回のブログは、その応用バージョンになります。

2 今回も、実例をカスタマイズして、お話いたします。

1 X社は、電子機器製造業を事業内容とする株式会社です。
Aは、X社の常務取締役であり、X社のメインの一つである事業(以下「本件事業」といいます)を統括していました。
Bは、本件事業の事業部長であり、Aの直属の部下でした。

2 Bは、Aの指示を受けて、X社の会計帳簿の基礎資料となる、本件事業に関する売上伝票の一部を抜き取り、X社の知らない(つまり、X社の会計書類に記載のない)X社名義の銀行口座を密かに開設し(以下「本件秘密口座」といいます)、その抜き取った売上伝票に基づくX社の売上代金を本件秘密口座に振り込ませていました(本件秘密口座の管理は、Aの指示のもと、Bが行っていました)。
本件秘密口座に振り込まれたX社の売上金については、本件事業部の懇親会等に使われたほか、AとBが、現金として相当額を、個人的に横領していました。

3 これらのA及びBの行為は、犯罪であるとともに、X社に対する不法行為になるので、X社は、AとBに対して、不法行為に基づく損害賠償請求権を有することになります(民法709条)

4 結局、このような不正行為がX社に発覚し、Aは常務取締役を辞任し、Bは、懲戒解雇処分となりました。

1 この点、X社としては、AとBが横領した金額を、損金に計上する一方で、同時に、同額の不法行為に基づく損害賠償請求権という金銭債権を取得することになり、それが損害発生時点の事業年度の益金に算入されるのが原則であることは、従業員の不祥事と会社の税法上のリスクでお話ししました。
そして、例外的に、不法行為に基づく損害賠償請求権の場合、通常の判断能力を有する一般人を基準にして、不法行為が起こり、加害者と損害額が特定され、実際に損害賠償請求ができるような客観的状況になった時点で、その時点の事業年度の益金に算入するということになっています(このような例外的取り扱いがなされる理由については、従業員の不祥事と会社の税法上のリスクをご一読ください)。

3 これを、今回の実例に当てはめてみると、やはり、ポイントは、AがX社の常務取締役であり、本件事業を統括する立場にあったのに、本件事業の事業部長であるBに指示して、本件事業に関する売上金を横領したという点です。
つまり、AはX社の取締役ですし、Bも、事業部長として、本件事業については経営者サイドの立場にありました。
このように、X社の経営に参画する幹部が、担当する本件事業について、横領という故意の不法行為をしたのですから、やはり、X社としても、事業に対する管理体制が甘かったと言わざるを得ません(「AとBが勝手に不正したのであり、X社は知りませんでした」という弁明は、通用しません)。

4 そして、一連の事情について、上記の基準で判断すると、AとBの横領によりX社に損害場発生した時点が、「不法行為が起こり、加害者と損害額が特定され、実際に損害賠償請求ができるような客観的状況になった時点」と評価されます。
したがって、X社の主観的な認識にかかわらず、AとBの不法行為により損害が発生した時点での事業年度において、同額の不法行為に基づく損害賠償請求権を益金に算入する必要があるのです。

5 なお、本件において、X社は、「常務取締役であるAと、その部下であるBの説明に食い違いがあり、Aの賠償額、Bの賠償額が確定していないので、損害賠償請求できるような客観的状況になったとはいえない」という主張をしましたので、この点について説明いたします。
この点も、民法の知識を使うので、面倒くさいと思われる税理士先生は、ぜひ弁護士との協同をご検討ください。
本件において、A常務取締役は、部下のB事業部長に指示して、一連の不法行為をさせました。このように、複数の加害者が、共同して、不法行為を行い、その結果損害が発生した場合には、加害者全員が、損害について、連帯して損害賠償義務を負うことになっています(共同不法行為。民法719条1項)。
つまり、共同で不法行為をした加害者内部の役割分担、立場、損害の分担割合は、被害者には関係ありません。被害者としては、加害者一人に対して全額の損害賠償請求をすることができます(通常は、経済力があり回収可能性の高い加害者を相手方にして、損害賠償請求をします)。
もっとも、被害者としても、加害者の一人から全額の損害が回収出来たら、他の加害者にさらに請求することはできません(二重取りになるので)。
本件についていえば、AとBの説明に食い違う点があったとしても、AとBが共同して、X社の売上金を横領した事実は変わりません。X社としては、民法719条1項に基づいて、AとBどちらに対しても、損害額全部を賠償請求できます(AとBの内部分担については、X社は関知しません)。
したがって、X社は、AとBの不法行為により損害が発生した時点で、AとBに対して損害全額を請求できる権利が確定することになるので、その時点の事業年度の益金に、不法行為に基づく全額の損害賠償請求権を算入する必要があるのです。

1 また、今回の実例において、X社は、法人税基本通達2-1-43を根拠に、不法行為に基づく損害賠償請求権を、損害発生時の事業年度の益金に算入する必要は無い、と主張しましたので、この点についてご説明いたします。

2 法人税基本通達2-1-43では、「他の者から支払いを受ける損害賠償金の額は、その支払いを受けるべきことが確定した日の属する事業年度の益金の額に算入するのであるが、法人がその損害賠償金の額について実際に支払いを受けた日の属する事業年度の益金の額に算入している場合には、これを認める」と定めています。
X社は、この基本通達を根拠として、X社がAまたはBから実際に損害賠償金の支払いを受けた時点の事業年度の益金に算入すれば良いと主張したのです。

3 ここでのポイントは。上記基本通達にある「他の者」が、具体的に誰を指すのか、という点です。
この点、国税不服審判所は、法人の役員やその従業員は、「他の者」に含まれないと判断しています。
確かに、法人の役員やその従業員を「他の者」に含むと考えた場合、外から見たら、法人の行為なのか、法人の役員・従業員個人の行為なのか区別できないので、「不法行為に基づく損害賠償請求権は、損害発生時の事業年度の益金に算入する」という原則が、空洞化してしまいます。
特に、本件のように、Aは、X社の常務取締役であり、Bも、事業部長であって、X社の経営に参画する重要なポストにある幹部ですから、X社本人と同視できると評価されるので、上記の基本通達にいう「他の者」には該当しないと判断されたのです。
なお、「他の者」なのか否かは、損害発生時を基準に判断します。
AもBも、現在はX社を辞任、解雇となっていたとしても、本件で損害が発生した時点では、X社の常務取締役・事業部長だったので、「他の者」に当たらないという結論に影響しないのです。

4 したがって、結局のところ、原則通り、X社は、AとBの共同不法行為による損害が発生した時点の事業年度の益金の額に、損害賠償請求金額を算入する必要があったのです。

1 今回の実例においては、X社に重加算税が課税されましたので、この点についても付言いたします。

2 重加算税とは、重加算税とは、意図的に申告内容を「仮装」したり、事実を「隠ぺい」したと客観的に判断される場合に課せられるペナルティです。詳しくは、リベートの益金算入時期と重加算税をご一読ください。

3 本件において、Bは、X社の会計帳簿の基礎となる売上伝票の一部を、意図的に抜き取りました。このようなことをすれば、X社の経理担当者としても、正確な売上金額を益金に算入して、所得額を算出することができません。
しかも、Bは、わざわざX社に知られていない本件秘密口座を開設し、本件事業の事業部長という立場を悪用して、本件事業に関する売上金の一部を本件秘密口座に入金させ、売上除外をしたわけですから、悪質であり、「仮装」「隠ぺい」と評価されてしかるべきでしょう。
そして、上記のBの行為は、Aの指示によるものですから、Aが「仮装」「隠ぺい」を指示したといえます。

4 本件で、AとBが勝手にやったことであり、X社として「仮装」「隠ぺい」をしたわけではない、という主張が、X社から出ました。
しかし、前述のように、AはX社の常務取締役であり、本件事業を統括していました。また、Bは、本件事業の事業部長であり、少なくとも本件事業に関しては、Aと同じく経営側に立つ幹部でした。
そのような立場のAとBが、本件事業に関し、「仮装」「隠ぺい」行為をしたわけですから、これは、X者自身の行為と同視されます。

5 したがって、全体的に見れば、X社が、「仮装」「隠ぺい」をして、意図的に損害賠償請求権を事業年度の益金に算入しなかったと評価されるので、重加算税の対象となったのです。

このように、役員等、経営者サイドに立つ人の不正行為は、法人の不正行為そのものと同視されることになります。それだけ、取締役等役員の会社に対する役割が重要で、責任が重いと言えるのでしょう。誰を役員に選任するかという点は、会社のリスクヘッジの観点からも重要であるということを窺わせる実例と言えるでしょう。

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