課税処分取消訴訟の効力の及ぶ範囲

納税者が、税務署長の課税処分に対して取消訴訟を提起して争った際、税務署長側が、その訴訟手続きにおいて、従前指摘していた理由とは別の理由を挙げて、その課税処分が適法だ、と主張することがあります。
このような税務署長側の訴訟対応は、許されるのでしょうか。

この点については、複雑な法律論があるのですが、結論をお話しすることにします。

1 課税処分取消訴訟は、税務署長が課税処分をした時点で客観的に存在した事情や証拠に基づいて判断されます
そして、その事件において税務署長が実際に課税した税額が、本来の正当な税額を上回った場合に初めて、課税処分が違法であり取り消しとなるのです。
言い換えれば、課税処分をした当時、税務署長がどのような理由で課税額を決めたかは別として、その税務署長の課税処分の税額が、正式な法解釈に基づいて算出された正当な税額を上回らなかったという場合には、その課税処分は適法となり、処分取消訴訟は認められないということになります。
なぜならば、税務署長が課税処分をした理由が間違っていたとしても、その課税処分の税額が、正式な本来の税額以下であれば、どのみち納税しなければならないので、納税者に違法な納税義務を課したことにはならないからです。

2 このような法律論が前提としてあるので、課税処分取消訴訟は、税務署長がなした課税処分の税額が、正式な本来の税額を上回っているか、という点についてのみ審理されます。
課税処分の理由が適法かどうかは、審理の対象にならないので、税務署長側としては、その課税処分をした当時に指摘していた理由を撤回し、別のロジックを指摘して、そのロジックを根拠にして、税務署長の課税処分が適法であることを、訴訟手続きにおいて主張することができるのです。

3 このことから、課税処分取消訴訟で作戦を立てる際には、税務署長の課税処分が適法か否かを検討するのはもちろんのこと、税務署長側が、別のロジックを組み立てて、処分理由を変更する可能性があることも踏まえ、それも潰す検討をすることが必要になります。

1 ここまでの話を聞くと、「税務署長が間違った理由で課税処分をしても、後で別のロジックを組み立てて課税処分の理由を変更することができ、その結果、正式な本来の税額を下回っていれば、処分取消にならない」という結論になり、課税処分取消訴訟は、納税者に不利のようにも思えます。
しかし、実際には、そうではありません。

2 この点も、複雑な法律論があるのですが割愛し、結論を述べると、
処分取消訴訟は、
① 税務署長の課税処分がなされた時点で存在したすべての事情が、判断の対象範囲に含まれる。
② 処分取消訴訟で納税者が勝訴した場合、税務署長は、別の理由に基づいて、再び課税処分をすることができない。
という特徴があります。

3 実際に納税者に影響するのは、②であると考えられます。
そもそも、判決には拘束力があります。
そして、課税処分取消訴訟の場合、判決により、その税務署長の課税処分が違法として取り消されたら、その拘束力は、その課税処分の時点で存在したすべての事情に及びます。
したがって、たとえ税務署長側が、課税処分取消訴訟において主張しなかった事情やロジックであっても、それは判決で否定されることになります。
よって、税務署長としては、その理由を引っ張り出して、再度、納税者に対して課税処分をすることができないのです。
このように、処分取消訴訟には、紛争の一回的解決が図れる(判決後に蒸し返すような課税処分が無い)という、納税者にとってのメリットがあります。

1 このように、課税処分取消訴訟においては、税務署長側が、本来の課税処分理由とは異なる処分理由を訴訟手続きにおいて挙げて、別の理由に基づけば、課税処分の税額が本来の正式な税額を超えていないので、本件課税処分が適法であると主張することが可能です。

2 もっとも、これは、税務署長側に、いわば「後出しじゃんけん」を認めることになりかねません。納税者側として、税務署長の課税処分の理由について、それが違法であることを徹底的に反論していたところ、税務署長側が、その理由を撤回し、別の理由を引っ張り出して、本件課税処分が適法であると主張し始めたら、「今までの反論の時間やエネルギーは無駄になるの?」という話になります。
納税者としては、自分に不利益となる課税処分の取消を求める訴訟を起こしているわけですから、その処分理由については、十分反論したいところです。
にもかかわらず、課税処分の理由がころころと変わると、その都度納税者は変更された処分理由に反論しなければならないので、振り回されることになります。
これは、納税者にとって、大きな手続き的負担になります。

3 そこで、課税処分取消訴訟においては、担当する裁判官のキャラクターにもよりますが、一般の民事事件に比べ、比較的積極的に、裁判所が税務署長側に求釈明権を行使して、「今回の課税処分の適法性を裏付ける理由は、今主張されているものですべてですか」とか、「今主張している処分理由以外に、追加主張の予定はありませんか」という質問を、税務署長側にする傾向にあります。
また、裁判所は、積極的に証拠の開示を指示する傾向もあります。
税務署側が、「隠し玉」のように土壇場で重要な証拠を提出し、納税者側がそれに対して十分な反論・反証ができないまま、判決になったというのでは、納税者としても、納得ができません。
このような事態を防ぐために、裁判所は、求釈明権を行使して、「重要な証拠は、できる限り早期に提出してくださいよ」と指示し、納税者に反論・反証の機会を保障しているのです。

以上のことは、裁判所での課税処分取消訴訟のお話です。
そして、処分取消訴訟の前哨戦である国税不服審判所における不服審査請求についても、同様の扱いになっています。
もっとも、その審理は、争点及び争点に関連する税務調査の資料か、それ以外であっても、きちんと納税者に開示され、反論・反証の機会のあった調査資料に基づいて行われるという方針が確立されています。
納税者が初めて聞く、「寝耳に水」のようなロジックや証拠に基づいて、不服審査請求の審理が行われないような運用になっているのです。

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