債権の法的性質と収益計上の時期

1 益金が多い事業年度において、意図的に収益を翌事業年度の収益にずらして計上したり、意図的に損金を多く計上したりして、その事業年度の所得を減額できるという利益調整を認めると、税額が変動し、税負担の公平性が損なわれます。 
そこで、発生した利益をどの事業年度に計上すべきかは、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従うということは、これまでお話ししたとおりです。
この点について、最高裁判所は、「収益は、その収入すべき権利が確定した時点の事業年度の益金に算入する」との判断を示しています。

2 このように、「権利が確定した時点」という基準はあるものの、権利の法的性質によって、確定する時期が異なるので、その判断が困難となるケースもあります。
以下、実例をカスタマイズして、お話いたします。

1 X社は、不動産の売買、開発、仲介、賃貸及び管理等を事業目的とする株式会社です。

2 X社は、自社の土地を大規模に開発する事業(以下「本件開発事業」といいます)を計画し、所轄の市長に対して開発行為許可申請をして、許可を得ました。

3 その後、X社は、自社で本件開発事業をするのではなく、Y社に対し、本件開発事業における開発権(以下「本件開発権」といいます)を譲渡することになりました。
そこで、X社とY社は、本件開発権の譲渡契約を締結しました(以下「本件譲渡契約」といいます)。
問題となるのは、本件譲渡契約の内容です。

4 X社とY社は、譲渡の対象となる本件開発権の内容について、以下の通り取り決めました。
「本件譲渡契約書の「本件開発権のリスト」に記載のある、①都市計画法及び森林法等に基づく許認可(以下「本件許認可」といいます)、②本件開発事業のために発注した設計業務等の関連契約(以下「本件開発関連契約」といいます)上の権利義務の地位、③土地の地価、環境等に関するレポート(以下「本件レポート」といいます)、及び④本件開発関連契約に基づいて作成された図面その他の図書(以下「本件開発関連図書」といいます)、並びにこれに関する権利利益」を「本件開発権」の内容として、合意したのです。

5 本件譲渡契約には、「X社が、本件開発権がY社に移転し、Y社が対外的に公式に本件開発権を取得するために必要な手続きを行い、できる限り速やかに、これらの手続きを完了するよう、最大限努力する」という規定もありました。
また、「X社は、上記の手続きの完了のみを停止条件として、本件開発権の全てを、Y社に対して有効、かつ何らの瑕疵、違反、取消事由、無効事由、解除事由といった負担の無い状態で、移転し取得させなければならない」という規定もありました。

1 Y社としては、X社から本件開発権を譲り受けて、Y社において本件開発事業をするためには、取り急ぎ、管轄の市長から、X社に対する開発許可に基づく地位の承継承認を申請する必要がありました。
Y社は、所轄の市長に対し、このX社の地位承継承認の申請を行い、無事、地位承継の承認を得ることができました。

2 しかし、その後、X社の本件開発権を、Y社に移転し取得させる手続きが難航し、それらの手続き完了の目途が立たないことになりました。
そこで、X社とY社は、本件開発関連契約のY社への承継・移転を断念し、本件譲渡契約を清算することにして、清算合意書を作成しました(以下「本件清算合意書」といいます)。

3 本件清算合意書の内容としては、「実際には、X社からY社に対して、本件開発関連契約に基づく契約上の地位や、権利義務関係が承継されていないけれども、本件清算合意書の作成をもって、本件譲渡契約の取引条件が実現されたものとみなし、Y社は、X社に対し、本件譲渡契約の代金を支払う」という内容でした(そして、実際に、Y社は、X社に対して本件譲渡金額を支払いました)。
X社は、本件清算合意書が作成された時点の事業年度において、本件譲渡代金を、益金に算入しました。

1 この点、税務署長側は、本件譲渡代金の収益計上の時期は、Y社が、所轄の市長から、X社の地位承継の承認がなされた時点の事業年度であるとしました。
そして、X社が、隠ぺいまたは仮装して、益金算入時期を不正に繰り延べたと判断して、X社に対し、更正処分だけでなく、重加算税の賦課決定処分をしました。

2 これに対して、X社が、不服審査請求をして、バトルが始まったのです。

1 前述のように、最高裁は、「収益は、その収入すべき権利が確定した時点の事業年度の益金に計上する」という確定的な判断を示しています。
そこで、本件においては、いつの時点で、「本件譲渡代金を取得することが確定した」と言えるのかが、重要なポイントとなります。

2 前述のように、X社とY社の本件譲渡契約書では、X社が、本件開発権がY社に移転し、Y社が対外的に公式に本件開発権を取得するために必要な手続きを行い、できる限り速やかに、これらの手続きを完了するよう、最大限努力する、ということが規定されています。
そして、X社は、上記の手続きの完了のみを停止条件として、本件開発権の全てを、Y社に対して有効、かつ何らの瑕疵、違反、取消事由、無効事由、解除事由といった負担の無い状態で、移転し取得させなければならない、と規定されています。
つまり、手続きの完了が停止条件になっており、停止条件が解除されて譲渡の効力が発生するためには、当事者間で合意した本件開発権の内容がY社に引継ぎされることが必要となります。

3 税務署長側は、「本件譲渡代金の収益計上の時期は、Y社が、所轄の市長から、X社の地位承継の承認がなされた時点の事業年度」と主張しています。
しかし、市長から地位承継の承認がなされたからと言って、本件開発権に関連するすべての手続きが完了するわけではありません。
本件開発権に関連する権利関係の移転手続きを行い、本件開発権に関連する物(不動産・動産)を引き継いで、初めてX社としてやるべきことをやったということになり、その時点でようやく、その対価である本件譲渡代金を取得できることが確定するのです。
市長から地位承継の承認がなされたからといっても、それ以外の本件開発権に関連する必要な手続きが完了できず、本件譲渡契約が破談になった場合には、X社としても、本件譲渡代金を取得することができません。
本件譲渡契約が、本件開発権移転に必要な手続きの完了することを停止条件にしているのは、まさにこの点の不確定さを念頭に置いているのです。
にもかかわらず、Y社が市長から地位承継の承認を得たから、X社の本件譲渡代金の取得が確定した、と考えた税務署長側は、この点を軽視しており、不当であると国税不服審判所は判断しました。
X社が、Y社への権利移転・引継ぎ手続きを完了した事実が無いのに、X社の本件譲渡代金債権が確定しているというのは、法的ロジックとして整合しません。

4 本件において、X社は、本件開発権に関連する必要な手続きが完了させられず、本件譲渡契約について清算するために本件清算合意書が作成されました。
本件清算合意書の内容は、前述の通りです。本件清算合意書が作成されたことにより、本件清算合意書に基づいて、X社は、本来取得できなかった本件譲渡代金を取得することができるようになりました。
つまり、本件清算合意書が作成されて初めて、X社は、本件譲渡代金を取得する権利が確定したと言えます。
したがって、本件清算合意書が作成された時点の事業年度の収益に、本件譲渡代金を計上するべきであると、国税不服審判所は判断したのです。

5 弁護士らしくいえば、X社の取得した本件譲渡代金債権の法的性質は、本件清算合意書の作成に基づいて発生した清算金請求債権であり、その原因事実は、本件清算合意書作成という事実です。
したがって、原因事実である本件清算書作成時点において、X社の本件譲渡債権が確定的に発生するので、その時点の事業年度の収益に算入するという結論になるのです。

1 以上のように、X社の経理処理には、問題がありませんでした。
したがって、今回の実例において、X社に対する更正処分が取り消されました。

2 そして、本件において、X社に対する重加算税の賦課決定処分がなされていました。
しかし、重加算税は、以前このブログでもご説明した通り、違法な経理処理のうち、仮装または隠ぺい行為が行われ、特に悪質な場合に、賦課処分されるものです(国税通則法68条)。
本件では、そもそも、X社の経理処理が適法だったので、重加算税を賦課する前提がありません。
したがって、当然に、X社に対する重加算税の賦課決定処分も取り消されたのです。

1 このように、問題となっている債権(本件でいえば、X社の本件譲渡債権)の法的性質を正確に把握することは、税法上も重要と言えます。
つまり、問題となっている債権の請求原因となっている事実は何か、債権発生の法的根拠は何か、を正確に把握することが、その債権が確定的に発生した時点(つまり収益に計上すべき時点)を判断するのに、大変重要なのです。

2 もっとも、この判断においては、要件事実とか、訴訟物といった、民事実体法の知識が必要になります。
この点について面倒くさいと思われる税理士先生は、ぜひ弁護士との協同をご検討ください。

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