海外子会社への輸出と税法

マーケットのグローバル化や、コスト削減のために、海外に子会社を設立し、事業の一部を担当させることがあります。
今回は、海外に子会社を設立する際に発生した問題について、実例をカスタマイズして、お話いたします。

1 X社は、工業用ゴム製品の製造を事業とする株式会社です。
X社は、製品の一部をフィリピンで製造するために、フィリピンにY社という子会社を設立しました。

2 X社は、工業ゴム製品に必要な機械装置(以下「本件機械装置」といいます)を、フィリピンのY社に輸出して販売しました(以下「本件売買」といいます)。
X社は、本件機械装置をY社に輸出する上で、現在でいう経済産業大臣に対し、「輸出承認申請書」(以下「本件申請書」といいます)を提出しました。
そして、本件申請書には、輸出価格として「39,375,000ペソ(当時のレートで157,500,000円)」、代金決済方法として「特殊決済方法(増資のための支払う債務と輸出貨物代金との相殺)と記載されていました。

3 X社は、本件申請が承認されたので、Y社へ本件機械装置を出荷しましたが、出荷した際に提出した輸出報告書(以下「本件報告書」といいます)を提出しました。
本件報告書の「外国為替の種類」の欄には「相殺」と、「総価額」の欄には「39,085,000円(当時のレートで148,132,150円)と記載されていました。

4 また、インボイスにも、「商品」として本件機械装置が記載され、その「合計額」として、39,085,000ペソと記載されていました。

1 本件機械装置の新品での取得価格が、72,023,700円であり、本件輸出時の未償却残高は、18,561,722円でした。

2 X社は、本件機械装置を輸出した後も、本件機械装置を機械装置勘定に計上していました。
また、X社は、本件輸出に伴う経費として、17,615,875円を支出し、仮払金勘定として経理処理しました。

1 これについて、税務署長は、X社に譲渡益が発生しているのに、益金に算入していないと指摘して、更正処分をしました。

2 以下、税務署長側のロジックをご紹介します。
本件報告書やインボイスには、本件機械装置の価格が、39,085,000ペソ(当時のレートで148,132,150円)と記載されているので、X社はY社に対して、本件機械装置を代金148,132,150円で売却したことになる。
本件機械装置の帳簿価格は、18,561,722円であった。
本件輸出についての必要経費は、17,615,875円であった。
したがって、①の代金から、②③の代金や経費を差し引いた111,954,553円が、譲渡益として発生している。

2 たしかに、本件申請書、本件報告書、及びインボイスの記載内容だけを形式的・機械的に解釈すれば、これほど多額の譲渡益が発生しているようにも見えます。

1 しかし、国税不服審判所は、深く内容に入り込み、本件売買の実質的理由を合理的に判断し、本件更正処分を違法として取り消しました。

2 ここで注目していただきたいのは、国税不服審判所が、「常識的に考えて、X社が、帳簿価格18,561,722円の本件機械装置を、Y社に148,132,150円という異常な高値で売却することがありうるのか」という問題意識を持ち、違和感を抱いたという点です。
いくら、本件報告書などに、「148,132,150円」という記載があったとしても、それだけでこの違和感や問題意識は、払しょくされないという見解を示した上で、X社が、Y社に対して、このような異常な高値で本件機械装置を売却した合理的理由(言い換えれば、Y社として、異常な高値で安物を購入した理由)について、具体的に主張・立証しない限り、税務署長側が指摘するように本件機械装置が148,132,150円で売却されたと判断できないと述べたのです。

3 これは、税務署長側に、高度な主張・立証責任を課したものであり、大変画期的な判断であると考えられます。
いくら、本件報告書等の書類があっても、内容が極めて不自然であると解釈される場合には、その内容に合理的な理由があることを、税務署長側が主張・立証しなければ、書面の内容が覆ることになるのです。

4 本件においては、X社が、18,561,722円相当の本件機械装置を、Y社に対し、148,132,150円という異常な高値で売却した合理的理由を、税務署長側が主張・立証しなければなりません。
そして、そのような主張・立証ができなかったので、本件報告書等に記載された価格で、本件売買が成立したと認定することはできません。
よって、売買価格が根本的に異なる以上、税務署長側が指摘したような譲渡益がX社に発生したとは評価できないので、本件更正処分が違法と判断されたのです。

1 そもそも、今回の実例において、X社は、Y社の増資についての出資資産として、本件機械装置を現物として譲渡したという背景がありました。

2 つまり、X社は、当初、資本金を25,625,000ペソ(当時のレートで102,500,000円)として、Y社を設立しました。
しかし、フィリピン当局から、Y社の資本金が過少であるとの指摘を受けました。
そこで、X社としては、やむなく、本件機械装置の評価額を157,500,000円(当時のレートで39,375,000ペソ)に水増しして、Y社に現物出資をしました。
これにより、Y社の資本金は、合計して、65,000,000ペソとなり、資本金不足というフィリピン当局からの指摘を回避することができました。
このように、本件申請書や本件報告書などに記載されている金額は、フィリピン当局から指摘されたY社の資本金不足の問題を回避するために設定された便宜上の価格であり、X社もY社も、この価格で本件機械装置を売買する認識をしていませんでした。

3 したがって、X社は、Y社の増資についての出資資産として、本件機械装置をY社に譲渡した(その分、Y社の出資口を引き受けた)ものと、国税不服審判所は認定したのです。

1 このように、X社は、Y社が増資するに当たり、本件機械装置を出資資産として譲渡し、その対価として、Y社の出資口という有価証券を取得したことになります。

2 この点、法人税法施行令119条では、有価証券の取得価額について規定しています。
そして、本件機械装置のように、金銭以外の資産を出資して有価証券を取得した場合、「出資資産の価額」を、有価証券の取得価額とするという規定になっています。「出資資産の価額」とは、その資産が出資された時点での時価額を指します。

3 よって、払い込まれた出資資産の時価が、有価証券の取得価額となるので、その時価と帳簿価額との差額が、譲渡損益になるのです(時価が帳簿価格を上回っていたら、その差額について、譲渡益が発生したことになります)。

4 問題は、この時価をどのような基準により、評価・算出するのか、という点です。
この点、中古品でも、流通性があり、取引市場があって、売買が頻繁になされているというものであれば、取引市場において相当程度客観的で正確な時価が算定できるので、その価格を時価額の基準にします。
他方、本件機械装置の場合、流通性が無く、取引市場において客観的で正確な時価額が算定できません。
その場合には、本件機械装置の再取得価額を基礎として、出資される時点まで償却したものと考え、未償却残額に相当する金額を、「時価」として扱うという見解を、国税不服審判所は示したのです。

5 これを、今回の実例にあてはめると、本件機械装置の新品での取得価格は、72,023,700円であり、本件出資時点での未償却の帳簿価格が、18,561,722円でした。
そして、本件輸出に関する必要経費は、17,615,875円でした。
したがって、その合計の36,177,597円が、有価証券の取得価額であり、X社は、これを有価証券として資産計上する必要がありました。

6 X社は、本件機械装置の時価額を、機械装置勘定として、18,561,722円を計上していました。
この点、X社は、Y社に対し、本件機械装置を出資し、X社の所有物ではなくなっているので、機械装置勘定で資産計上する方法自体は、間違いと言うべきでしょう。
また、X社は、本件輸出に関する必要経費17,615,875円を、仮払金勘定として資産計上していました。
しかし、この費用も有価証券の取得価額の一部であり、仮払金ではないので、この点のX社の経理処理方法も、間違いというべきでしょう。

7 しかし、X社としては、勘定科目が間違っていても、本来の有価証券の取得価額全額を資産計上していたことには変わりがありません。
つまり、今回の事例において、有価証券として資産計上すべき36,177,597円について、X社は、勘定科目を間違えましたが、結論として36,177,597円全額を資産計上していました。
そして、X社が、Y社に対する出資として譲渡した本件機械装置の払込価額(時価額)と、帳簿価格に差が生じませんでした。
したがって、勘定科目が異なっても、損益金額に変動はないから、X社には、本件売買によって譲渡益が生じないことになります。

8 このような点から、国税不服審判所は、X社とY社の本件売買の内容やいきさつを丁寧に精査し、X社に譲渡益があると認定した本件更正処分を取り消したのです。

本件機械装置の帳簿価格と、本件報告書等に記載された価格とが、著しくかけ離れていて、異常であるという問題意識を、国税不服審判所に持たせた時点で、弁護士さん(税理士先生)の作戦が功を奏したと言えると思います。
税法に限らず、一般の法律に関する係争でも、裁判官その他判断する立場の人に、「本件は、一般論で済まない特殊性があるから、慎重に審理・検討する必要がある」という意識づけをするために、最初から、この事件の異常性・特殊性を強くアピールする演出をするよう、私は意識しています。

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