和解の内容で税金が変わる?

1 民事訴訟手続きにおいて、訴訟当事者間で合意が成立した場合、裁判上の和解をします。裁判官の面前で、当事者双方の代理人が、合意した内容について、具体的な和解条項を作成するのが、一般的です。
そして、その和解条項を確認し、当事者(代理人)が承諾したら、その時点で裁判上の和解が成立します。
実務上は、裁判所が、確認した和解条項を記載した和解調書という書面を、訴訟当事者に交付します。
和解調書は、確定判決と同じ効力があり、誤解だったとか、本意でなかったといっても覆りません。その意味で、裁判上の和解をする時は、取り返しが付かないので、代理人弁護士としても、緊張するし、慎重になります。

2 裁判上の和解をする場合、法律上の間違いは当然許されませんが、課税関係も考慮して、和解条項を検討する必要があります。
例えば、本来であれば、9000万円を支払う義務があるけれども、分割支払いで、約束通り6000万円を支払った場合には、残りの3000万円の支払い義務を免除するという和解をすることがあります(約束通りに6000万円を完済しなければ、9000万円の債務が残ります)。
これは、6000万円をきちんと支払えば、3000万円を免除してもらえるから、頑張って約束通りに支払おうという債務者のモチベーションアップの目的があると言えます。
しかし、いざ約束通り完済して3000万円を免除してもらった場合、その分について債務免除益が発生することになるので、法人税法22条2項により、課税対象になります。

3 このような課税関係について、依頼者にきちんと説明せず、安易に和解して、後々トラブルになるケースも散見されます。
弁護士業務をする上でも、税法の勉強が必須だと痛感する今日この頃です。

4 今回は、裁判上の和解の内容により、課税関係が変動するケースについて、実例をカスタマイズして、お話しします。

1 X社は、有料老人ホームを経営する会社であり、Y社は、建設会社です。

2 X社は、Y社に対し、新規の有料老人ホーム(以下「本件建物」といいます)の建設を発注し、Y社はこれを受注しました(以下「本件請負契約」といいます)。

3 Y社は、本件請負契約に基づく工事を完了したので、X社に対して請負代金を請求しました。
しかし、X社が、請負代金の一部しか支払わなかったので、Y社は、X社を被告として、請負代金残金931,526,696円(以下「本件残金」といいます)の支払いを求める民事訴訟を裁判所に提起しました(以下「本件訴訟」といいます)。

4 X社とY社は、本件訴訟において、以下の内容で、裁判上の和解をしました(以下「本件和解」といいます)。
X社は、Y社に対し、本件残金の全額の支払い義務があることを確認する。
X社は、Y社に対し、本件残金のうち、618,000,000円を、分割して支払う(以下「本件分割金」といいます)。
Y社は、X社が、本件分割金を約定通り完済した時は、313,526,696円の支払い債務を免除する(以下「本件免除金」といいます)。
Y社は、その余の請求を放棄する。
X社とY社は、本件に関し、本件和解で定めるもののほか、債権債務関係がないことを確認する。

5 X社は、本件和解成立後に、Y社に対し、請負代金を14,729,000円と定めて、本件建物の環境改善工事を発注し、Y社はこれを受注しました(以下「本件環境改善工事契約」といいます)。
その内容としては、14,729,000円のうち、9,579,000円は,Y社が負担する。
Y社の施工が原因ではないカビ等の不具合があった場合には、別途当事者間で対応を協議する。

6  X社は、本件和解に基づいて本件分割金を完済したので、Y社は、本件免除金を放棄するという通知書をX社に送付しました。

7 X社は、本件免除金について、Y社が、本件請負契約の代金を値引きしたものと考えました。
そして、X社は、本件分割金を完済した時点の事業年度において、Y社に対する未払金の額から本件免除金の額を減額し、本件建物の取得原価を減額するという会計処理をしました。

8 これに対し、税務署長は、本件免除金相当額を、債務免除益としてX社の益金に算入する更正処分をしました。

1 本来であれば、X社は、Y社に対して、本件請負契約に基づく請負代金全額を支払わなければならないのに、本件和解により、本件分割金を支払えば足りるということになりました。
ここで問題となるのは、X社の支払うべき代金債務が減額になった趣旨・理由です。

2 X社は、本件訴訟において、本件建物に、Yの施工した建設工事が原因で、8か所の欠陥が発生していたと主張しました。
そして、X社が、その欠陥により、将来的に必要となる本件建物の補修費用は、383,444,563円と見積もることができると、本件訴訟において主張したのです。
このX社の主張を受けて、Y社が和解に応じざるを得なくなり、結果的に、Y社の本件訴訟での請求額から、この補修費用の見積額を差し引いた金額に近い(数字を丸めた)金額である本件分割金を支払うという本件和解が成立したという経緯があったと、X社は主張しました。
X社は、Y社の施工した本件建物の欠陥を理由とする工事代金の値引き額として、本件和解において、本件分割金額が合意されたという言い分だったのです。

3 X社の主張を前提とすれば、Y社の施工した本件建物に欠陥があり、上記のような多額の将来的な補修費用をX社が負担しなければならないので、Y社が、本件残金から、この将来的な補修費用の数字を丸めた金額を値引きして、X社が支払う本件分割金の額が設定されたということができるようにも見えます。
そして、それを前提とすれば、本件におけるX社の会計処理も、不合理ではないように思われます。

1 しかし、国税不服審判所は、このX社の主張を否定しました。
以下、その理由について、お話いたします。もっとも、この点は、民事訴訟手続きの流れを具体的にイメージできないと、理解しにくいと思います。税理士先生としても、民事訴訟手続きにはあまり馴染みがないかと思います。面倒と思われる場合には、ぜひ弁護士との協同をご検討いただきますよう、宜しくお願い致します。

2 本件は、訴訟当事者から主張が出た時期と順序によって、結論が決まったという事例です。その意味で、時系列表を作って、誰の主張がいつ出たかを正確に把握して主張・反論をしないと、的外れな言い分になってしまう典型例と言えます。

3 本件訴訟は、最初の段階から、現時点でいう弁論準備手続きに付され、和解に向けた協議がなされました。
X社は、平成6年7月7日において、本件建物の経営状態が悪く、本件残金をY社に支払う方法が見出せないという趣旨の上申書と、X社の決算書などを裁判所に提出しました。
X社は、平成6年8月20日付上申書において、本件残金を支払う代わりに、本件建物の東館を区分所有にし、これをY社に代物弁済することしか、返済方法がないと記載し、本件訴訟において述べました。
X社は、平成7年7月7日付上申書において、本件建物について、122室中23室しか入居がないと述べた上で、「最終和解案」と題して、和解金額を、本件分割金の額と設定して、一部頭金を支払った上での5年間の均等返済という和解案を裁判所に提示しました。
つまり、X社は、この時点までは、本件建物の欠陥については、何も主張していませんでした。X社は、ただ単に、本件建物の運営が上手くいかず、返済資金がないから、分割払いにして欲しいということしか言っていなかったのです。

4 しかし、X社は、平成7年10月26日の裁判期日において、突然、本件建物に、Y社の施工が原因の欠陥があると主張し始めました。
そして、この欠陥が原因で本件建物に必要となる将来の補修費用を、383,444,563円と見積もることができるから、この金額を、本件請負契約の代金から控除すると、本件分割金に近い金額になるので、本件分割金を支払い金額にしてもらいたいと求めたのです。

5 世間では、このようなX社の対応を、「後出しジャンケン」というと思います。
本件建物に本当に欠陥があったのであれば、X社としては、本件訴訟の最初からこの点を主張して然るべきです。
本件において、当初は、X社は、このような主張をしておらず、単に「お金が無いから分割払いにしてください」とか、「お金が無いから、本件建物の一部を代物弁済させてください」という要望しかしていませんでした。
しかし、提訴から1年半以上経過した後の裁判期日において、X社は、唐突に、本件建物の欠陥を指摘し、その将来的な補修費用が383,444,563円と見積もられると主張し始めたのであり、明らかに不自然です。
このような、X社の主張内容の変遷、不自然性から、本件免除金額が、「本件建物の補修費用分の値引き額である」というX社の主張は、到底信用できるものではありません。

6 本件におけるX社の言い分は、「本件建物に欠陥があり、その補修費用に383,444,563円が必要と見積もられるので、それに近い金額の本件免除金を、本件請負契約の代金から値引きするという合意のもと、本件和解が成立した」というものです。
にもかかわらず、X社は、この補修費用の見積もり資料を、本件訴訟に提出していませんでした。
常識的に考えて、実際にY社の施工に欠陥があり、これほど高額の補修費用が見積もられ、その金額に匹敵する額を値引きするというのであれば、当然、Y社としては、本件建物に赴いて欠陥の状況を調査したり、X社の主張する補修費用の見積資料を精査したりするはずです。
しかし、本件では、X社から、補修費用の見積もり資料すら提出されていなかったのです。
このような資料不足、調査・検討未了の状態で、Y社が、X社の言い値である補修費用の見積もり額に匹敵する請負代金の値引きをした、というX社の言い分は、常識的に考えられません。

7 本件においては、裁判所が作成した和解調書という、極めて証拠力の高い証拠があります。
本件において、本件和解の和解調書には、X社が、本件建物に欠陥があり、将来的に補修費用が必要であると主張していたことを窺わせる形跡がありませんでした。
つまり、裁判上の和解の場合、和解成立後に紛争の蒸し返しがないように、訴訟で出ていた主張を踏まえて、和解条項を作成します。例えば、「本件残金から、本件建物の一切の補修費用を控除した本件分割金を、以下の通りの方法で分割して支払う」とか、「X社とY社は、本件建物の欠陥の件も含め、本和解条項に定めるもののほか、何らの債権債務関係がないことを確認する」などといった和解条項を作成します。
このような和解条項の記載があれば、本件訴訟において、X社が本件建物の欠陥について争っていたことが窺えますし、本件免除金が、補修費用分の値引きであるという趣旨も明確になります。
逆に、和解調書に、本件建物の欠陥を窺わせる記載がないということは、そのような話はなかったことを意味するので、この点からも、X社の言い分は、到底信用できるものではありません。

8 以上の点から、国税不服審判書は、「本件免除金が、Y社の工事の欠陥を理由にした、本件請負代金の値引きである」というX社の主張を、否定したのです。

1 本件の時系列から考えると明白ですが、Y社がX社を被告として、本件訴訟を提起した当初は、X社としては、「お金が無いから、請求通りの金額を支払えない」というスタンスでした。
そして、X社としては、上申書などを提出して、本件建物の運営が上手くいっていないことを説明した上で、支払い可能な和解案を提示しています。
X社としては、ただ単に「金が無い」というだけでは、和解交渉を有利に進めることが出来ないから、補修費用の見積もり資料を提出できないのに、「本件建物に欠陥があるから補修が必要」と言い出し、Y社にプレッシャーをかけ始めたと考えられます(このような訴訟活動は、言いがかり訴訟のようなもので、アンフェアだと思います)。

2 このような経緯を全体的に見れば、Y社としては、本件残金全額の請求権があるけれども、X社に返済資金・支払能力が無く、本件建物の一部を代物弁済されてもそれを管理するのが大変だから、本件分割金を本件和解の支払い方法通りに完済すれば、本件免除金は債務免除する(その代わり、本件分割金をきちんと支払ってもらう)という判断をしたと評価するのが、大変合理的です。
また、このような評価は、本件和解の和解調書の記載にも、まさに合致します。

3 このような観点から、本件免除金は、債務免除益に該当するので、その額を、債権放棄通知書を受領した時点の事業年度の益金に参入する必要があったと、国税不服審判所は、判断しました。

本件において、X社が、本件訴訟の最初の段階から、本件建物の瑕疵を特定して具体的に主張し、その補修費用についても、ある程度客観的な資料を証拠提出していれば、課税関係が変動していたかもしれません。
その意味では、一般の民事事件においても、主張・立証の作戦を策定する上で、税法への配慮を忘れてはいけないと、身を引き締められる事案といえます。

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