間接事実の積み上げによる立証方法

1 今回のブログも、前回に引き続き、土地譲渡益に対する特別課税のお話です。

2 今回も、実例をカスタマイズしてご紹介します。税務署長側が、間接事実を積み上げて、納税者の不正な除外行為があると主張し、更正処分をしたのに対し、国税不服審判所が、このような間接事実からだけでは、そのような不正な除外行為は認定できないと判断し、更正処分を違法と判断した、珍しい例といえます。

1 X社は、土木業、建設業、及び不動産業等を事業内容とする株式会社です。
Y社は、不動産業等を事業内容とする株式会社です。

2 X社は、Y社との間で、以下の内容の協定書を取り交わしました(以下「本件協定書」といいます)。
① X社が、Y社に対し、X社の所有する土地(以下「本件土地」といいます)を、売却すること
② ①の売買代金を、404,766,000円とすること
③ Y社が、本件土地上に,中高層マンション(以下「本件マンション」といいます)を建設すること
④ Y社が、X社に対して、本件マンションの建設工事を発注し、X社が     
これを受注すること

3 X社とY社は、本件協定書を取り交わしてから約2週間後に、工事代金を2,597,460,000円と定めて、本件マンションを建設する請負契約を締結しました(以下「本件建設請負契約」といいます)。

4 税務署長側は,このX社に支払われた工事代金のうち,67,460,000円が,本来的な工事代金ではなく、本件土地の売却代金の一部であると評価したのです。
つまり、税務署長側は、X社が、土地譲渡益を減らすために、本件土地の売却代金の一部である67,460,000円について,本件建設請負契約の工事代金に付け替えて除外したものと認定し、この点について、更正処分をしたのです。

5 X社が、この税務署長の更正処分に対し、国税不服審判所に審査請求をして、バトルが始まったのです。

1 本件において、国税不服審判所は、丁寧に、間接事実から推認される事実を把握し、その推認事実により、税務署長側の課税要件を立証できているかを、ロジカルに判断しました。
以前、このブログでも取り上げたように、課税要件の基礎事実の立証責任は、課税処分庁にあります。
したがって、国税不服審判所としては、税務署など課税処分庁が、課税要件の基礎事実を主張・立証できているか、納税者側の反論や反証によって、そのロジックが損なわれていないかを検討します。
そして、課税要件の事実が証拠上合理的に認定できない場合には、立証責任を負う課税処分庁に不利な判断をすることになります。

2 なお、本件の当てはめの中で、国土利用計画法23条に基づく「不勧告通知」という制度が出てきますので、あらかじめご紹介致します。
本件のような大規模な売買行為の場合、動くお金も大きいし、利害関係人や影響を受ける人も多くなります。
そこで、国土利用計画法23条により、市長に対し、この売買行為について、売買対象物の利用目的が適当で、価格も妥当であることを確認するよう、申し出ることができます。
そして、この売買行為について、特段の問題がないと判断された場合には、「市として、今回の売買行為について、勧告をすることは、特段ありません」という旨の「不勧告通知」が、市長から出されます。
逆に、市として、問題があると判断した場合には、その問題点について、変更するよう求める通知がなされます。
この「不勧告通知」があれば、いわば「お上のお墨付き」があることになるので、関係者としても、安心して本件の取引に入ることができます。
このような理由で、大規模な売買などの場合には、「不勧告通知」という制度が利用されます。

1 では、本件における税務署長側の主張を、ご紹介致します。

2 本件において、X社は、前述の国土利用計画法23条に基づいて不勧告通知の届出をしていたのですが、これには前振りがありました。
つまり、当初、X社とY社は、本件土地の売買契約について上記の届出をしたのですが、その際、本件土地の売買予定価格について、「坪あたり950,419円」としていました。
この届け出に対し、市長は、高額過ぎると判断し、売買予定価格を、「坪あたり599,011円」に変更するよう、通知をしました。
X社は、この変更通知を受けて、いったん上記の届出を取り下げました。
そして、X社は、本件土地について不動産鑑定を実施し、その鑑定額である「坪あたり766,947円」を売買予定金額として、再度上記の届出をし、今度は、無事市長から不勧告通知を受けました。
つまり、X社としては、不勧告通知のための届出においては、売買予定価格として、「坪766,947円」の合計517,390,000円という設定を記載していました。
にもかかわらず、実際の本件土地の売買契約代金が、404,766,000円(坪あたり600,000円)というのは不自然であり、この売買金額は、意図的に調整されたものであると、税務署長側は主張しました。

3 税務署長側は、買い手であるY社が、自社の取引銀行に対し、本件土地の購入代金という名目で、472,230,000円の融資申込をしたことをもって、本件土地の売買代金が472,230,000円であり、X社が本件土地売買代金を不当に減額するために、67,460,000円を売買代金から除外した、と判断したのです。

4 さらに,税務署長側は,本件建設請負契約で定められた、X社への支払い方法と異なっており、67,460,000円が現金で支払われている点も,X社の付け替え・除外行為であると判断しました。
つまり,本件建設請負契約書では,X社への支払方法について,「現金:320,460,000円、約束手形:253,000,000円」と定められていました。
しかし,本件建設請負契約成立後に,支払方法を変更し,67,460,000円を現金払いにするというのが不自然であり、これは、この金額が本来土地の譲渡代金なのに、除外して、本件マンションの建設工事代金に付け替えたことを推察させる事実だと主張したのです。

1  私は、この裁決書を読んだ時に、税務署長側のロジックが弱いと印象を受けました。
国税不服審判所は、下記の理由により、税務署長側の間接事実の主張・立証だけでは、X社が、67,460,000円を不正に本件土地譲渡代金から除外したとまでは認定できない、と判断しました。
税務署長側の主張・立証の対象とした間接事実が少なすぎたことに加え、税務署長側の間接事実についての主張も、X社に効果的に反論されてしまい、説得力を失った結果と言えるでしょう。

2 本件において、売買価格を404,766,000円と定める本件売買契約書、及び請負代金を2,597,460,000円と定める本件建設請負書という「処分証書」があります。
処分証書とは、意思表示その他の法律行為を記載した書面のことをいいますが、処分証書については、特段の事情が無い限り、その内容が尊重されるというのが、最高裁の見解です。
つまり、本件において、税務署長側が、「本件売買契約書」や「本件建設請負契約書」の記載内容が虚偽だと主張するのであれば、虚偽であることを裏付ける特段の事情があると、税務署長側で主張・立証しなければなりません。
この「特段の事情」についての主張・立証責任は、極めてハードルが高いものです。

3 税務署長側は、X社が、不勧告通知の届け出において、本件土地の売買代金予定額を、517,390,000円と記載しており、本件売買契約書の代金が404,766,000円とされているのは、不自然であると指摘していました。
しかし、税務署長側は、不勧告通知の申し出の目的と、価格設定の経緯を軽視していたと言わざるを得ません。
そもそも、本件で、不勧告通知の申し出をしたのは、Y社が本件マンションを転売するためです。つまり、Y社が、本件マンションを転売する際に、不勧告通知を受けていれば、買い手も安心して買えるし、その分高値で転売できます。
このように、不勧告通知の申し出は、X社とY社間の本件売買契約の真実性を担保するためになされたものではありません。
X社もY社も、できる限り早くスムーズに不勧告通知を受けるためには、売買予定金額について、合理的理由を説明できるようにしておく必要があります(なぜ、その価格になったのかを合理的に説明する必要があります)。
そこで、X社は、本件土地について不動産鑑定を実施し、その鑑定額をそのまま売買予定価格にしたのです。これであれば、「不動産鑑定の結果を、そのまま代金に設定しました」という合理的な説明ができるので、迅速かつスムーズに不勧告通知を受けることができると考えられました。
つまり、X社が不勧告通知を受けるために設定した売買予定金額は、不勧告通知をスムーズに受けるために不動産鑑定の結果をそのまま記載したものであり、本件売買契約の内容を推察しうるものではない、という主張がX社から出ました。
そして、税務署長側は、それに対する効果的な反論ができませんでした。

4 税務署長側は、Y社が、自社の取引銀行に対し、本件土地の購入代金という名目で、472,230,000円の融資申込をしたことをもって、本件土地の売買代金が472,230,000円であると指摘しました。
しかし、これは、あまりにも形式的で、不動産取引の実情を軽視した指摘と言わざるを得ません。
一般に、不動産売買において、購入資金を金融機関からの融資で賄う場合、不動産売買価格だけ融資を受けるというケースは、むしろ少ないのではないかと思います。
不動産を購入する場合、不動産の代金だけでなく、仲介手数料、抵当権設定登記手続き費用、及び不動産取得税など、不動産の取得に付随して、相当額の費用が必要です。特に、本件のような大規模な建物を建設する場合、近隣住民への対策費も必要となるでしょう。
そして、不動産の代金だけでなく、これらの関連費用も含めて融資で賄うため、融資の申込金額が、実際の不動産の代金よりも相当程度高額になるのは、よくあることです。
この意味で、「Y社が、取引銀行に472,230,000円の融資申込をした」ことをもって、「本件土地の売買代金が472,230,000円である」と評価した税務署長側のロジックは、やはり安易と言わざるを得ません。
しかも、Y社としても、取引銀行から融資を受けやすいように、いろいろ項目立てをしたり、説明をしたりしているでしょうが、それはX社に関係ないし、関知できないことです。
このX社が関知していない事実関係をもって、X社に不利益な判断をしようとするのは、不当な事実認定となります。

5 本件において、税務署長側は 契約後に支払い方法が変更になり、67,460,000円がX社に現金で支払われている点も,X社の付け替え・除外行為を推察させる間接事実であると主張しました。
しかし、この点には、論理の飛躍があると言わざるを得ません。
ネギや大根を買うのであればともかく、本件建設請負契約は、請負代金が2,597,460,000円という大規模なものでした。X社としても、当然外注業者を入れますし、工期も相当長かったと推察されます。
X社が、どの程度の規模の建設会社なのかにもよりますが、これほどの大規模な請負工事ですから、契約後にX社の資金繰りの予定が変動し、事後的にキャッシュが必要になるというケースも考えられます。
そして、その場合、X社が、施主であるY社にお願いして事後的に支払い方法を変更してもらって、工事代金の一部を、本来より早く現金で支払ってもらうということは、十分合理的に想定できることです。
このような事情を念頭に入れていないので、税務署長側の指摘には、論理の飛躍があることになります。

6 その他にも、X社から、以下のような主張が出ていたのに対し、税務署長側は、効果的な反論ができませんでした。
① Y社は、本件土地及び本件マンションを第三者に転売するにあたり、事業収支計算書を作成していたが、その中では、本件土地の原価が404,766,000円、建物の原価が2,597,460,000円と計上されており、本件売買契約および本件工事請負契約の代金と一致していること(これにより、本件売買契約書等の代金の記載の信用性が高まります)。
② Y社は、X社から購入した本件土地について、事業年度の期末棚卸資産として、404,766,000円の評価で計上していること(X社からこの値段で本件土地を購入したことを、強く推察させます)。

1 そもそも、X社が、本件土地の譲渡代金の一部を工事代金に付け替え除外して、意図的に土地譲渡益を減額した、という理由で更正処分をするのであれば、その事実関係について、税務署長側において主張・立証しなければなりません。

2 本件において、税務署長側は、不正行為を裏付ける直接証拠を出すのではなく、間接事実を並べて、X社の正行為を推認させるという立証方法を取りました。
しかし、これまでに述べた通り、税務署長側の主張・立証は弱く、かつ、論理の飛躍もあったので、国税不服審判所としても、税務署長側が主張・立証責任を果たしていないと評価して、更正処分が違法であると判断したのです。

3 このように、不正行為を直接的に証明する客観的な物的証拠が無い場合には、間接事実を並べて不正行為があったことを合理的に推認させるという立証活動を行い、反対当事者は、論理の飛躍等により、間接事実があっても不正行為を推認させることにはつながらないなどと反論・反証していくことになります。
このような法律上のバトルの方法については、税理先生としても、あまりなじみが無いかもしれません。面倒くさいと思われる税理士先生は、ぜひ弁護士とのコラボをご検討ください。

投稿記事一覧へ