供述記録書の信用性の判断

1 ニュースなどを見ていると、刑事事件の再審無罪事件の話題があります。
捜査機関の厳しい取り調べに耐えられず、自白をしたけれども、実際の刑事裁判では、自白内容を否認し、無罪を主張する被告人がいます。
その場合、捜査段階での自白調書の信用性が、争われます。そして、捜査段階の自白調書が信用できると判断されて、有罪判決となる被告人も少なくありません。

2 刑事訴訟法と税法では、手続き保障の程度や、対象とする事件の性質が大きく異なります。
もっとも、税務調査において不利益な事実をいったん認め、その記録書が作成されたという場合に、後の不服審査請求などにおいて、その記録書の信用性を争い、記録書の内容を否認するというケースは、税法の係争においても生じます。

3 そこで、実例をカスタマイズして、この点についてお話いたします。

1 X社は、中国からアパレル商品を輸入して、日本国内の業者向けに販売する事業をしている会社であり、その代表取締役は、Aです。

2 X社は、中国にあるY社から、アパレル商品を輸入していました。このY社の代表取締役もAでした。

3 Y社は、Z社が中国国内で開設している業者向けショッピングサイト(以下「本件ショッピングサイト」といいます)において、アパレル商品を仕入れ、X社に輸出していたのです。

1 実際のX社及びY社の行っていた手続きは、以下の通りでした。
① Y社は、本件ショッピングサイトで仕入れたアパレル商品を中国から輸出する際、中国の輸出業者(以下「シッパー」といいます)に輸出手続きの代行を依頼する。
② シッパーが、必要書類を作成し、輸出手続きを行う。
③ アパレル商品が搬入された後、X社が依頼した通関業者が、シッパーから必要書類を受け取り、X社に代理して輸入申告手続き(関税等の納付手続きも含む)をする。
④ ③の後、X社は、通関業者から、アパレル商品と、輸入許可通知書を受け取る。

2 そして、X社とY社の間では、以下のようなやり取りがなされていました。
① Y社は、X社に対し、取引日ごとに、商品名、数量、単価、合計金額、及び合計額を日本円に換算した金額などを記載した「INVOICE」と題する書面(以下「本件インボイス」といいます)を発行する。
② Y社は、X社に対し、1か月ごとに、その月の本件インボイスの数、及びその月の合計金額(日本円)を記載した「STATEMENT」と題する書面(以下「本件ステートメント」といいます)を発行する。
③ X社は、本件インボイス及び本件ステートメントに記載された金額を、仕入れ高として、総勘定元帳に計上していた。
④ X社は、総勘定元帳の記載金額を、損金の額に算入した。

1 ここまでの話だけだと、スムーズに見えるのですが、本件では、税関所属の調査担当者が作成したAの申述の記録書(以下「本件記録書」といいます)があり、それを根拠として、更正処分が行われました。

2 本件においては、税関に申告された商品の金額と、本件インボイス及び本件ステートメントに記載された金額に差異がありました(税関申告金額の方が安くなっていました)。
そして、X社とY社の代表取締役であるAは、「税関に申告した価格が正しく、X社の仕入れ額となる。本件インボイス及び本件ステートメントに記載された金額は過大となっている」と申述し、その内容の本件記録書が作成されたのです。

3 そして、本件記録書に基づいて、X社が、正規の仕入れ額よりも高い仕入れ額を損金額に算入したとして、更正処分がなされたのです。
X社は、この更正処分を不服として、バトルが始まりました。

1 本件での問題は、なぜ、このような内容の本件記録書が作成されたのか、という点にあります。
実は、Aは、税関の職員から、本件記録書に署名押印すれば、関税等を追加で支払わなくても税関調査を終了すると言われ、ラッキーだと思って、真実と違う内容であると知りながらも、本件記録書に署名押印したという事情がありました。

2 刑事事件の取り調べにおいても問題になるのですが、「自白調書に署名押印したら不起訴にする」、というような利益誘導を伴う取り調べは、違法とされます。そして、違法な取り調べにより作成された自白調書は、証拠能力が無いとされています。
税務調査においても、刑事事件の捜査ほど厳格ではないにせよ、違法な調査は禁止されています。
Aは、事実と異なる本件記録書に署名押印すれば、追加の課税なく税関調査が終わるという利益誘導を受けて、本件記録書に署名押印したわけですから、違法な調査であり、本件記録書の信用性が大きく損なわれます(利益を受けられるなら、事実と異なる説明をしようと考えた、と疑われるので)。

3 このような場合には、本件記録書の信用性の検討のために、その記載と、客観的事実との間に整合しない点が無いか、という点がチェックされます。
本件においては、X社がY社に対して、本件インボイス及び本件ステートメントに記載された金額を実際に支払ったという客観的記録が、少なくとも5回見つかりました。
つまり、X社が、Y社に対し、総勘定元帳の基礎となった金額を実際に支払った実績が、少なくとも5回はあったということが、明らかになったのです。
この事実は、本件記録書の内容と整合しません。つまり、本件記録書の内容通り、税関に申告した価格が正規の仕入れ額だったのであれば、X社として、それより高額である本件インボイス及び本件ステートメント記載の金額をY社に支払うはずがありません。

4 このように、本件記録書は、利益誘導という違法な調査に基づいて作成されており、かつ、重要な部分で客観的事実と整合しないので、証拠として信用できないと評価されました。
そして、本件記録書以外に、X社が、アパレル商品の仕入れ額を過大に計上していたことを示す証拠もありませんでした。
そこで、X社が、仕入れ額を過大に損金の額に計上していたという前提が覆り、更正処分が取り消されたのです。

1 本件は、真実と異なる内容の本件記録書の信用性を否定した、珍しい例であると言えます。

2 刑事事件でもそうですが、税務係争においても、いったん事実関係を認めた記録書が作成された場合、その内容が事実と違うなどと主張して争うのは、至難の業と言わざるを得ません。
多くの場合、「記録書の内容に納得して、署名押印したのでしょ」という扱いを受けることになります。
そこで、税務署員が甘い言葉をかけてきたとしても、納得のできない記録書にはNOという勇気を持つことが重要であると言えます。

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