民法の知識が税務に与える影響

1 税法の知識が十分でないと、100%の弁護ができないという話は、以前させていただきました。
逆もまた真なりで、民法や民事訴訟の知識が無いと、100%の税務コンサルティングは困難かと思われます。
民法や民事訴訟法の解釈により、税務処理や課税関係が変動しますので、必要に応じて弁護士と協同して、間違いのない税務処理や税務コンサルティングをしていただければと思います。

2 今回取り上げる実例は、カスタマイズしても、複雑な事案です。
頭の体操をする感覚で、ご一読いただければ幸甚です。そして、このような民事法が大きくかかわる事例に遭遇した場合にも、弁護士と協同すれば、克服できるということを、実感していただければ幸甚です。

1 A社は、B社に対し、貸金債権を有していました。
そして、B社がその貸金を返済しないので、A社は、B社を被告として、貸金請求訴訟を提起しました。
しかし、B社にはめぼしい財産は無く、A社は、B社の財産から、貸金債権を回収することができませんでした。

2 本件において、B社のバックには、X社がいました。
そこで、A社は、「法人格否認の法理」というロジックを使い、X社を被告  として、B社に対する貸金債権をX社が支払うよう求める訴訟を提起したのです(以下「本件訴訟」といいます)。

1 そもそも、株式会社は法人であり、別個独立の法人格を有しています。
しかし、他の法人や個人と極めて密接なケースでは、両社を別個独立の法人格であるという原則を貫くことが、信義則に反する場合があります。
そのような場合、法人格を否定し、両者を同一の法人格と評価し、「別会社のことだから知りません」という弁明を認めないというロジックを、「法人格否認の法理」といいます。
この法人格否認の法理が適用される要件などを、司法試験受験生は必死に勉強するのですが、このブログは税法に関するものですので、割愛します。興味がありましたら、弁護士にお問い合わせください。

2 本件で、B社とX社には、強い結びつきがありました。
そこで、A社は、本件訴訟において、法人格否認の法理に基づき、B社とX社が実質的に同一の法人と評価されるので、A社のB社に対する貸金債権について、X社に支払債務があると主張したのです。

3 本件訴訟において、裁判所は、A社の法人格否認の法理に基づく主張を認め、X社に対して、B社のA社に対する貸金債務、及びこれについての完済までの遅延損害金(以下「本件遅延損害金」といいます)の支払いを命じる判決を言い渡しました(以下「本件判決」といいます)。

4 X社は、本件判決を不服として控訴しましたが、控訴が棄却され、本件判決が確定しました。

1 本件で、税法上問題となるのは、事業年度において発生した本件遅延損害金の額を、その事業年度の損金に算入するのか、という点です。

2 この点、X社は、以下の理由により、事業年度内に発生した本件遅延損害金の額を、損金に算入しました。
① 本件判決において、X社とB社は、法人格否認の法理により、同一の法人格と評価された。
② X社がA社に対してB社の貸金債務を返済したとしても、X社とB社が同一の法人格である以上、X社がそれをB社に求償請求することは、論理的にできない。
③ X社が、B社の貸金債務をA社に支払っても、本件遅延損害金をB社に求償することは、論理的に無理であり、X社がこれを負担するしかない。
④ つまり、本件遅延損害金の負担というX社の損は、本件判決により確定しているので、それが発生した事業年度の損金に算入できる。

3 これに対し、税務署長側が、X社の損金算入を否認したことから、バトルが始まりました。

1 この点、国税不服審判所は、理論上のロジックの検討と、本件の実情に応じた検討の双方を行い、結論を判断しました。
以下、国税不服審判所の判断内容について、ご紹介いたします。

2 この点で、民法の知識が必要になるのですが、法人格否認の法理が適用され、旧会社と新会社とが別法人であると評価されたとしても、その効力は、問題となっている債権の債権者に対してのみ及び、問題となっている取引行為だけを対象として発生する相対的効力に止まるというのが、裁判所の考えです。
本件に即していえば、法人格否認の法理により、B社とX社が実質的に同一と評価されたとしても、その効力はA社にしか及びませんし、A社のB社に対する貸金債権回収行為についてしか及びません。
言い換えれば、「法人格否認の法理により、B社とX社が実質的に同一である」と主張できるのは、A社だけということになるのです。

3 このように、本件判決により法人格否認の法理が適用されたとしても、X社とB社との間では、その効力は及びません。
したがって、X社とB社との間では、それぞれ別個独立の法人格を持つ法人という関係になります。
つまり、本件判決において法人格否認の法理が適用されたとしても、X社がA社に対し、B社の貸金債務を代位弁済すれば、理論上はX社がB社に求償できるのです。
よって、本件判決が出たと言っても、理論上は、X社が本件遅延損害金を負担するという損が確定したとは言えないので、X社のロジックでは、損金算入できません。
X社の税務処理は、法人格否認の法理の効力に関する裁判所の見解を見落とした、と言わざるを得ません。

4 もっとも、国税不服審判所は、最終的には、X社の損金算入を認めています。
その理由としては、以下の点が挙げられます。
① A社は、本件訴訟を提起する前に、B社に対する貸金請求訴訟を提起し、その判決に基づいて強制執行したが、B社にめぼしい財産が無かったので、ほとんど債権回収できなかった。
② 本件判決確定して間もなく、B社が解散決議をした。
③ B社がこのような状況である以上、X社がB社から求償金を回収することは、事実上不可能である。
④ にもかかわらず、X社が、形式上、本件遅延損害金の求償権を資産として計上しなければならないのは、不相当である。

1 理論上は、請求できるけれども、債務者が無資力で回収が事実上できない場合には、損失として算入できるという判断は、合理的で現実的であると思われます。

2 そもそも、法人格否認の法理に基づく請求が裁判所で認容されるケースは多くは無いと思います。
もっとも、法人格否認の法理だけでなく、それ以外にも複雑な法理論があります。そのような法理論が問題となるケースに遭遇してしまったら、まずは、その法理論についての裁判所(特に最高裁)の解釈・見解を確認する必要があります。
そして、裁判所が、なぜそのような解釈・見解になったかを読み解くと、それが税法に与える影響も、具体的にイメージできるのではないかと思います。

3 いずれにせよ、これは大変労力を要するので、弁護士との協同が一番効果的であると思います。

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