一
1 違法な脱税は許されませんが、合法的な節税に関心の無い人は、少数であると思います。
どの納税義務者も、あの手この手を考えて節税対策をしていますし、節税効果があるという謳い文句の金融商品もあります。
2 関係者が、節税効果あると認識して行った行為について、実際に節税効果が認められなかったり、関係者が課税関係を誤解して行為をしたりした場合に、それが課税関係に何らかの影響を及ぼすのか、という点が、ここでの問題です。
3 以下、実例をカスタマイズして、お話いたします。
二
1 X社は、病院等を経営する法人ですが、Y保険会社の養老保険に加入していました(以下「旧保険契約」といいます)。
X社は、従業員15名を被保険者、生存保険金の受取人をX社とする内容で、X社が保険料を負担して、Y保険会社と旧保険契約をしていました。
2 その後、Y保険会社は、X社に対し、旧保険契約を、別の新しい養老保険契約(以下「新保険契約」といいます)に転換することを、勧誘しました。
3 保険契約の転換制度とは、現在の保険契約を活用して、新たに保険の契約をする制度です。
現在の保険契約の積立部分や積立配当金を「転換価格」(下取り価格)として、新しい保険契約の一部(または新しい契約の保険料の一部)に充てることにより、全くの新規で保険契約をするよりは、保険料の負担が減るというメリットがあります。
なお、保険の転換が行われると、従前の保険契約が消滅するのが、一般的です。
4 本件において、X社は、Y保険会社からの勧誘を受け、旧保険契約を新保険契約に転換しました(以下「本件契約転換」といいます)。
三
1 本件契約転換における転換価格(旧保険契約での積立部分や積立配当金)は、18,864,000円でした。
本件契約転換により、18,864,000円の転換価格が新保険契約に充当されたことになるので、これは、X社の益金の額に算入することになります。
2 一方、本件においては、旧保険契約の積立金が8,960,028円であり、これは、X社の損金に算入されます。
四
1 本件での問題は、Y保険会社が、X社に対して本件契約転換を勧誘する際に、X社において税務処理が必要であること、及び、課税関係が発生することを、説明していなかったという点です。
X社は、特別な課税関係が発生しないという認識のもと、Y保険会社の勧誘に応じ、本件契約転換をしました(逆に、課税関係が発生すると知っていたら、X社として本件契約転換をしていませんでした)。
2 X社は、特別な課税関係が発生することを知り、Y保険会社に抗議しました。
Y保険会社は、税務処理や課税関係について説明しなかった落ち度を認め、本件契約転換がなされた時点に遡って、本件契約転換を取り消し、無効とする報告書面を、X社に交付しました(以下「本件報告書」といいます)。
本件報告書には、本件契約転換が遡って取り消されたので、旧保険契約が復元するということも、記載されていました。
3 このように、X社としても、Y保険会社としても、本件契約転換を遡って取り消し無効にして、旧保険契約を復元したという認識でした。
つまり、本件契約転換により、18,864,000円の転換価格が新保険契約に充当され、X社の益金に算入するという税務処理を必要が無くなったし、X社に収益が無い以上、特別な課税関係も発生しなくなった、と認識していたのです。
4 しかし、税務署長側は、Y保険会社がX社に本件報告書を交付したことは無関係であるとして、原則通りの税務処理による更正処分をしました。
五
1 そもそも、法人税における所得額の計算は、事業年度を単位として、その事業年度において発生した収益と損失を対応させ、その差額を所得とするのが鉄則です。
収益または損失に算入する時期や金額を、納税者側で任意に設定できるとすると、多くの利益が出たときに損失を多く算入するなどして利益調整ができることになって公正さを欠きます。
そこで、国税不服審判所は、各事業年度の収益または損失については、発生原因が何であったとしても、発生した時点の事業年度の益金または損金に計上するという判断を示しています。
つまり、従前の事業年度において収益を発生させた取引が、その事業年度において取り消されたとしても、従前の事業年度の取引において収益が発生したのは事実である以上、従前の事業年度に遡って会計処理を修正することはできません(取り消された収益については、取り消された時点の事業年度において、損金に算入することになります)。
2 本件についてみると、X社やY保険会社の思惑はさておき、本件契約転換は、有効に成立しています。
とすれば、本件契約転換の時点で、18,864,000円の転換価格が新保険契約に充当されたことになるので、その時点でX社の収益が確定的に発生しています。
そして、本件契約転換がその後の事業年度において取り消されたとしても、それは、前述のように、本件契約転換時点に遡って効力を持つものではありません。
したがって、X社の上記収益については、本件契約転換の時点の事業年度の益金に算入するというのが、正しい税務処理方法であると、国税不服審判所は判断したのです。
六
1 Y保険会社から、税務処理や課税関係について説明されず、Y保険会社の勧誘を受けて本件契約転換をしたX社としては、不満の残るところだと思われます。
しかし、それは、あくまで、X社とY保険会社の取引上の問題であり、X社としては、Y保険会社に対して、民事上の責任追及をするべき話になります。
2 税法の分野では、公平な課税・徴収の必要性から、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準にしたがって、客観的に税務処理が行われます。
当事者の主観や認識により課税関係が変動すると、「言ったもの勝ち」が許されることになり、公平性が害されますので、客観性が重視されます。
3 この点からも、税務処理についてアドバイスされる税理士先生は、クライアントに「聞いていない」とか「課税されないと思った」と言われないよう、説明責任を果たすことに注力されていることと思います。
クライアントから、経理処理の専門分野だけでなく、税法の解釈や、実際の事件における理論の当てはめ等についても助言を求められることも多いかと思います。その場合には、弁護士と協同することで、より具体的で説得的な説明をして、クライアントの信用を得るとともに、トラブルになっても「説明義務を果たしていない」というクレームが発生しないようにしていただければと思います。