一
1 裁判上の和解のことについては、これまでにこのブログでも取り上げてきました。
民事訴訟手続きにおいて和解が成立した場合、確定判決と同じ効力を持つので、その内容で法律関係は確定します。
2 このように、裁判上の和解が成立した時点で、法律上の権利義務関係が確定するので、和解成立時点の事業年度において、益金・損金に算入するのが、原則となります。
裁判上の和解により、相手方当事者にお金を払うことになった場合、和解成立により債務が確定しますから、和解成立時点の事業年度の損金に計上されるのが原則です。
3 しかし、原則もあれば例外もあるという通り、裁判上の和解で、債務を支払うという内容になっていたとしても、和解成立時点の事業年度の損金に全額は算入できないとした国税不服審判所の裁決があります。
4 この点について、実例をカスタマイズして、お話いたします。
二
1 X社は、Y社の所有する土地(以下「本件土地」といいます)を賃借する賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」といいます)を締結し、本件土地上に建物(以下「本件建物」といいます)を建て、本社屋として使用していました。
2 しかし、Y社は、本件賃貸借契約が無効であると主張して、X社を被告として、本件建物の収去と本件土地の明け渡しを求める民事訴訟を提起しました(以下「本件訴訟」といいます)。
3 本件訴訟においては、主に以下の内容で、裁判上の和解が成立しました(以下「本件和解」といいます)。
① X社が、本件土地を、権限なく占有していたことを認める。
② X社が、209か月後に、本件建物を収去して、本件土地をY社に明け渡す。
③ X社は、Y社に対し、解決金として、48,070,000円(以下「本件解決金」といいます)の支払い義務があることを確認し、209か月にわたって、月額230,000円ずつ分割支払いする。
④ ②③にかかわらず、X社が前倒しで本件建物を収去して本件土地をY社に明け渡した場合には、Y社は、その後の本件解決金の分割払いを免除する。
⑤ X社は、②の期限までの間は、本件建物について、構造に反しない限度内で増改築できる。
⑥ Y社は、本件和解後、本件解決金以外のお金を、X社から受領しない。
4 X社は、本件和解が成立した時点で、本件解決金の支払い債務が確定したと判断し、その全額を、本件和解成立時点の事業年度の損金に算入しました。
そして、この損金算入を否認する更正処分がなされ、バトルが発生したのです。
三
1 「反面調査」については、以前このブログでも取り上げました。
2 本件では、Y社に対し反面調査が入り、Y社代表者の事情聴取がなされました。
Y社代表者は、
① Y社としては、本件解決金について、本件和解成立後、本件土地が明け渡されるまでの間に、X社が本件土地を使うことの対価として、本件解決金を受領しているという認識である。
② 本件解決金は、月額23万円の209回の分割払いになっているが、毎月ごとに23万円の債務が確定しているとY社は認識している。
③ 本来であれば、地代という形でもらうべきところであるが、それだとX社に借地権が発生してしまうことを恐れ、明渡猶予期間に相当する損害金として、本件解決金を受領している。
④ そもそも、本件解決金額は、X社の要望する支払金額の月額23万円と、X社が希望する明渡猶予期間の209か月を掛け合わせて、そこから逆算して算出された金額である。
という説明をしたのです。
四
1 ブログ(45)において、損金算入のための、確定債務3要件のお話をしました。
2 本件においては、本件和解により、債務の総額と支払い額については、確定していますので、要件①と③は満たすと言えるでしょう。
しかし、国税不服審判所は、要件②を満たしていないと評価して、本件更正処分を適法と判断しました。
3 そもそも、「該当する債務に基づいて具体的な給付をすべき原因となる事実が未だ実現されていない場合には、要件②を欠くので、損金に計上できない」という原則があります。
4 本件においてポイントになったのは、本件和解に、「 ②③にかかわらず、X社が前倒しで本件建物を収去して本件土地をY社に明け渡した場合には、Y社は、その後の本件解決金の分割払いを免除する」という内容が含まれていたという点です。
つまり、X社が、予定よりも早く本件建物を収去して本件土地を明け渡した場合、その後の分割払い額が免除されることにより、トータルでみれば本件解決金額が変動します(減額になります)。
この点からすれば、本件和解成立時に、X社が本件解決金全額をY社に支払うことが確定していたと断言はできません。
5 前述したY社代表者の説明にあるとおり、本件解決金は、X社が、本件和解成立後に、本件土地を使用収益することの対価として、Y社に対して支払う使用料と評価するのが、実態に即しており、自然かつ合理的であるといえます。
このように考えられるからこそ、X社が明け渡し期限まで本件建物を増改築できることになっていたり、Y社が209か月もの間X社に本件土地を使用させるのに本件解決金以外のお金を受領しないことになったりしていることが、合理的に説明できるのです。
五
1 以上を前提とすると、本件解決金については、その分割支払い期日が来た時点で、債務の原因事実が実現したことになるので、その都度(毎月)支払い債務が確定し、該当する事業年度において分割支払い期日が来て債務が確定した金額だけを、その事業年度の損金に計上するという扱いになるのです。
2 したがって、和解成立時点の事業年度の損金に、本件解決金額全額を算入したX社の経理処理は、不適切という結論になりました。
3 X社としては、民事訴訟法の原則である裁判上の和解の確定的効力の主張をして、本件解決金の支払い債務は、裁判上の和解成立により法的に確定しているから、和解時点の事業年度の損金に算入しても良いと主張しました。
4 しかし、民事訴訟法と税法では、立法目的が異なります。
税法では、一般に公正妥当と認められる会計処理基準にしたがって税額を算出するという鉄則があり、民事訴訟法の原則と異なる扱いになったとしても、債務の実質的内容に即して判断するべきであるという認識を、国税不服審判所は示しているのです。