契約自由原則と税法

一1 民法上、契約自由の原則から、公序良俗に反しない限り(民法90条)、契約当事者が合意をすれば、どのような内容の契約をしても良いことになります。
一方、当事者の合意した契約内容によって、課税関係が変動するとなると、税法上の公平性が損なわれる危険があります。

2 そこで、契約自由原則と税法上の制限が問題になったケースについて、実例をカスタマイズして、お話いたします。

1 X社は、Y社から、Z社の発行する株式(Z社の発行済み株式総数の80%に相当)を、代金●●円で買い受ける株式譲渡契約を取り交わしました(以下「本件株式譲渡契約」といいます)。

2 本件株式譲渡契約には、以下のような条件が付いていました(以下「本件条件」といいます)。
① Z社が、本件株式譲渡契約時点で、第三者に対して有している金銭債権については、法的措置を取らなくても、約定通りZ社に支払われることを、Y社が保証する。
② Y社が、平成12年4月1日から平成19年3月31日までの間(以下「本件期間」といいます)のZ社の予想利益を、X社に提示し、そのZ社の予想利益をY社が保証する。
③ ①の保証に反して、Z社が金銭債権を回収できなかった場合、または、②の保証に反して、本件期間のZ社の現実の利益が、Yの提示した予想利益を下回った場合には、別途X社とY社で取り交わす覚書(以下「本件覚書」といいます)の規定にしたがって、本件株式譲渡契約の代金を減額し、Y社がX社に対して、減額相当額のお金を返還する。

3 本件において、Y社は、上記①②に反する事情が発生したので、③及び本件覚書に基づいて、X社にお金を支払いました。

1 この点、税務署長側は、本件においてX社がY社から受け取ったお金は、雑収入になるので、その受領時点の事業年度の益金に算入する必要があると指摘し、X社に対して更正処分をしました。
以下、税務署長側のロジックを、ご紹介します。

2 本件において、X社とY社の間では、売買金額が確定した上で、本件株式譲渡契約が有効に成立しています。つまり、X社が、本件株式譲渡契約の代金を取得する権利は、法的に確定しています。
そして、契約後の事情により、Z社の企業価値が変動し、Z社の株式の価額が増減したとしても、既に確定した権利に遡って影響を及ぼしません。
したがって、本件株式譲渡契約後に、Y社からX社に支払われたお金は、本件株式譲渡契約とは関連しないので、X社の雑収入になる、というのが、税務署長側のロジックになります。

3 税務署長側のロジックの背景には、契約当事者の合意内容いかんにより、雑収入に当たらず益金に算入する必要が無いという結論になるのは、アンフェアであるという価値判断があると考えられます。

1 しかし、国税不服審判所は、本件株式譲渡契約の成立に至った経緯を丁寧に分析し、本件更正処分が違法であると判断して取り消しました。
以下、その理由について、ご説明いたします。

2 そもそもの前提として、
① 株式譲渡における価格は、本件のような相対取引の場合、当事者双方が合意した金額で、契約が有効に成立するのが原則
② 株式譲渡契約の際に、将来の不確定な事情が発生した場合に、取り決めた売買代金を変更するという条件を付けるのも、契約当事者の自由という点が、確認されています。

3 本件において、X社は、Z社の株式を買い受けるか否かを判断する前に、デューデリジェンス(以下「本件DD」といいます)を実施しました。
しかし、X社は、本件DDを踏まえても、Z社の将来的な収益力や、Z社の金銭債権が問題なく約定通りに回収できるかという点について、判断ができませんでした。
このような不確定要素がある場合、X社としてはリスクを引き受けることになるので、その分安い値段でしか、Y社からZ社の株式を買い受けることはできません。
一方、Y社としては、X社に安心してもらい、少しでも高値でZ社の株式を買い取ってもらいたいと考え、本件条件を付けました。
このような経緯に鑑みれば、X社とY社の合意内容、特にY社が本件特約を付けた点について、何ら公序良俗に反するところはありません。

4 本件において、Y社は、Z社の純資産額をベースに、これまでのZ社の事業実績を適正に踏まえて、十分に実現可能と判断される予想利益をX社に示して、それを保証しました(X社は、Z社の発行済み株式総数の80%も買い受けるわけですから、これは大きなメリットといえます)。
Y社としては、本件条件を付け、X社に予想利益を保証することによって、本件株式譲渡契約の代金を高値にしました。
また、Z社が、売掛金など金銭債権を有していても、回収可能性が無ければ、財産的価値はないので、Z社の発行済み株式総数の80%も買い受けることになるX社としては、当然懸念するポイントです。
そこで、Y社としては、X社の懸念を払しょくするために、本件条件を付け、その分本件株式譲渡契約の代金を高値にしたのです。

5 以上のような本件株式譲渡契約締結に向けた交渉経緯を丁寧に精査すると、本件株式譲渡契約における代金額が設定されたのは、本件条件が付いていたからであり、本件条件が無ければ、X社としても、このような高値でZ社の株式を購入することは無かったと評価されます。
つまり、株式売買代金の設定に、①Z社の予想利益が達成されること、②Z社の金銭債権が問題なく全額回収されること、という条件が付いている以上、その条件が成就しなかった場合には、本件株式譲渡契約の代金を減額し、Y社として、もらい過ぎている分をX社に返金するのは、ごく当然のことであると、国税不服審判所は判断したのです。 

6 したがって、本件条件が成就しなかった場合に、本件覚書にしたがってY社がX社に返金したお金は、本件株式譲渡契約の代金の返金と評価されるので、X社の雑収入ではないのです。

1 なお、法人税法施行令119条1項により、購入した株式(有価証券の一種)の取得価額は、購入の代価であると規定しています。
本件でいえば、X社がY社に支払った、本件株式譲渡契約に基づくZ社の株式代金額になります。

2 そして、本件では、本件条件が成就されなかったので、Y社がX社に代金の一部を返金しました。
正確に言えば、本件条件が成就されなかった結果、Z社の株式の購入代価が減額し、その減額分の売買代金が、Y社からX社に返還されたことになります。
したがって、経理処理としては、Z社の株式の取得価額(帳簿価格)から減額するという処理になります。
正確に言えば、X社としては、購入代価の変更(減額)によりY社から返金を受けた時点の事業年度において、株式の帳簿価格から減額する処理をするのが正しいと、国税不服審判所は判断したのです。

1 ネギや大根を買うのではなく、Z社の発行済み株式総数の80%に相当する株式を購入するわけですから、相当大規模なビジネスディールだったと思われます。
本来であれば、ビジネスディールとして、X社がZ社の株式を大量に購入するわけですから、期待していた利益が上がらないとか、売掛金が回収できなかったというリスクは、X社が負担すべきものです。

2 しかし、本件は、Y社が、本件株式譲渡契約に、本件条件を付けたという点に特殊性があります。
Y社が本件条件を付けたからこそ、X社としても、その分高値でZ社の株式を大量に買い受けたわけですから、いざ本件条件違反となった時に、X社に対し、「ビジネス上のリスクが顕在化しただけの話であり、X社が負担しなさい」というのは酷であるという価値判断を、国税不服審判所はしたものと考えられます。

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