一
1 ブローカーの立ち位置には要注意において、法人が、財産を不当に安く譲渡した場合、「適正な価格」と、実際の譲渡代金の差額についても、法人の益金に算入することをお話しました。
今回は、その延長線上にある問題です。
2 おさらいをしますと、法人税法22条により、法人が、自社の財産を、適正な価格(時価)より安い金額で譲渡した場合、その時価と実際の譲渡価格との差額についても、その時点の事業年度の益金に算入します。
そして、この「適正な価格」(時価)について、どのような基準で評価するのか、という点が問題となります。
3 ブローカーの立ち位置には要注意では、土地の評価基準についてお話しましたが、今回ピックアップするのは、株式です。
この点、上場会社の株式であれば、取引市場での取引価格があるので、明確に評価できると考えられます。
ここで問題となるのは、未上場会社の株式についてです。実例をカスタマイズして、お話いたします。
二
1 Aは、X社の代表取締役です。
2 X社は、Y社の株式を149,025株保有していましたが、これらのY社の株式を、2回に分けて、Aに譲渡しました(以下「本件株式譲渡」といいます)。
X社は、Y社が上場会社でないことから、本件株式譲渡の代金について、取得価格である一株225円を、一律の基準に設定しました(合計:33,530,625円)。
そして、X社は、この金額を、その時点の事業年度の益金に算入して確定申告しました。
3 これに対し、税務署長は、本件株式譲渡のうち、1回目(139,025株)については、一株当たり280円が適正な価格であると評価しました。
そして、本件株式譲渡のうち、2回目(10,000株)については、一株当たり430円が適正な価格であると評価しました。
そして、税務署長は、この本件株式譲渡代金の適正価格と、実際の本件株式譲渡の設定代金(X社が申告した金額)との差額を、益金に算入する必要があるのに算入していない、と指摘し、X社に対して更正処分をしたのです。
三
1 この点、同族会社のオーナーやその一族が非上場株式を保有している非上場株式については、国税庁が作成している「財産評価基本通達」の「取引相場のない株式等の評価」に基づいて、評価されます。
この点は、オーナー社長が亡くなった場合の相続の時などによく出てくる話であり、税理士先生の専門分野であると思います。
2 本件において、X社は、本件株式譲渡の代金について、取得価格を基準に設定しましたが、税務署も、国税不服審判所も、それはダメであると判断しました。
3 以下、その理由について、ご説明いたします。
四
1 本件においては、以下の特殊性がありました。
① 本件株式譲渡時において、Y社の発行済み株式数は、3,600株であり、その株主数は、2,000を超えていたこと
② 本件株式譲渡の直前の1年間において、90万株を超える名義変更がなされていたこと
③ Y社は、本件株式譲渡後の約1年半後に、実際に上場したこと
④ Z証券会社が、ほぼ毎週「Z証券調べ」というレポートを公表しており、その中で、ほぼ毎回、予想される店頭気配(店頭販売の基準となる、売値と買値の中間値)を記載して発表していたこと
⑤ ④の価格は、実際にZ証券において、その顧客から売り・買い注文が入った場合の仲介の参考にする程度に信ぴょう性のある価格であること
2 この①~⑤の要素を考慮すれば、Y社が実際に上場していないとはいえ、上場した株式取引市場で取引される場合に匹敵するレベルで、客観的で公正な市場価格が形成されていたと、国税不服審判所は評価しました。
つまり、Y社が、本件株式譲渡時点で上場していなかったとしても、①~⑤の要素を評価すれば、正確で実態に即したデータを集計し反映させられるので、上場株式に準じた実体が認められると判断されたのです(端的に言えば、「取引相場の無い株式」とはいえない、ということです)。
3 そして、今回の実例においては、本件株式譲渡の1回目の時点では、その直前6か月以内に取引されたY社の株式が、一株当たり280円であったこと、Z証券会社が公表していた店頭気配値が280円となっていたことから、Y社の株式の「適正な価格」は、一株280円と認定されたのです。
4 また、本件株式譲渡の2回目の時点では、その直前6か月以内に取引された32件において、Y社の株式の価格が一株430円だったこと、Z証券会社の公表していた店頭気配値が、一株430円だったこと、及びY社が、単元未満株式を買い取った49件の取引すべてにおいて、買取金額が一株430円だったことから、Y社の株式の「適正な価格」は、一株430円と認定されたのです。
5 以上の点から、本件株式譲渡においてX社が設定した「一株225円」は、適正な価格ではないので、上記の適正な価格との差額について、X社の益金に算入する必要があったのです。
6 ちなみに、本題からはそれますが、単元未満株という制度について、補足いたします。
一定の株式数を1単元とし、1単元未満しかない株式(単元未満株式)については、議決権の行使等を認めない制度をいいます。
単元未満株式については、金融商品取引所で売買をすることはできません。
もっとも、単元未満株主は、発行会社(本件でいえばY社)に対し、単元未満株式を時価で買い取るよう請求することができます(会社法192条1項)。
五
1 今回の実例においては、X社から、「適正な価格」の評価について、以下のような主張が出ました。
その内容と、X社の主張が否定された理由について、ご説明いたします。
2 本件において、国税不服審判所は、Y社の株式について、上場会社の株式と同程度の取引件数があり、上場株式に準じた、客観的で公正な取引価格が形成されていたと認定しました。
もっとも、それらの取引の中には、Y社の従業員持株会が、Y社の株式を購入したというケースが相当数含まれていました。
3 従業員持株会は、社内の福利厚生として、従業員の財産が増えるようにするため、従業員が保有している会社の株式を、相場よりも高く買い取る傾向にあります。
つまり、従業員持株会の買取価格は、一般の株式取引と異なり、従業員への福利厚生という意味合いがあって相場より高値なので、それを、Y社と関係のないX社の取引価格の評価要因にすることは不適当である、とX社は主張したのです。
4 しかし、事実関係を丁寧に精査すれば分かることなのですが、Y社の従業員持株会は、Y社の従業員からだけではなく、一般の第三者からも、Y社の株式を買い取っていました。
そして、税務署長は、従業員持株会が、一般の第三者から買い取った際の買取価格を、本件株式譲渡の価格が適正か否かの判断要素にしていたのです。
たしかに、X社の言う通り、従業員持株会が、Y社の従業員から買い取った価格を判断要素にするのは、福利厚生の配慮があるので、不適当かもしれません。
しかし、従業員持株会が、一般の第三者から買い取った場合には、福利厚生のために高値でY社の株式を買い取り、財産が増えるようにするという事情はありません(買取価格の設定は、一般の取引と同様です)。
したがって、X社の主張は、前提事実を誤認しているので、頭から否定されてしまいました。
六
1 税法に限らず、法的係争全般に言えることですが、頭をフル回転していろんなロジックを考えたとしても、その前提となっている事実を誤解していては、的はずれな主張や反論になってしまいます。
以前のブログにおいて、時系列表を作って事実を分解して、正確な事実関係を把握するというお話をしました。
ロジックを考える以前に、まず前提となる事実の内容と、その事実が証拠により裏付けられているかということを、きちんと精査する必要があります。
2 一般の裁判でも、前提事実を丁寧に精査せず、誤解してロジックを考えた結果、的はずれな主張を記載した書面を出してしまうことがあります。
そのような時の裁判官の対応は、氷のように冷たいです。私としても、そのような悲劇に遭遇しないよう、まずは、丁寧に事実関係を確認することに、注力しています。