敷引金の収益計上時期

1 敷引(しきびき)という用語をご存じでしょうか。関西地方を中心に、建物賃貸借契約を締結する際に、敷金について付けられる特約のことです。

2 具体的は、建物賃貸借契約をする際に、賃借人が賃貸人に敷金を預け入れますが、その中で賃借人に返還されない部分のことを、敷引といいます。
賃借人が、原状回復をして、未払い債務があればそれを相殺し、残金が賃貸人から返金されるという敷金とは、大きく異なります。

3 賃貸人が、この敷引金について、いつの時点で益金に算入するのか、というのが、ここでの問題です。

1 以前よりお話ししている通り、「収益」は、その実現があった時、つまり利益を得る権利が確定した時点での事業年度において、益金に算入することになっています。
そして、法人税基本通達2-1-41では、賃貸借契約に基づいて受け取った保証金や敷金であっても、賃貸借契約が終了する前に、一定の事由の発生により返還しないこととなる部分の金額は、返還しないことになった時点の事業年度において、返還しない額(賃貸人が取得する額)を、益金に算入すると規定しています。

2 例えば、賃貸借契約期間が固定されていて、その途中で賃借人が解約した場合、敷金の3割を返還しないという契約の規定がある場合、賃借人が中途解約をしたら、その時点で、賃貸人としては、敷金の3割を賃借人に返金しなくてよいことになります(中途解約をした時点で、賃貸人は、敷金の3割を取得できます)。
したがって、この場合、賃貸人は、賃借人が中途解約した時点の事業年度において、敷金の3割相当額を益金に算入することになります。

では、敷引の場合、どの事業年度に、いくら益金算入することになるのでしょうか。実例をカスタマイズして、お話いたします。

1 X社は、自社の所有する建物を賃貸して賃料収入を得る株式会社です。

2 X社は、平成17年11月24日に、自社の建物を、Y社に賃貸する賃貸借契約をしました(以下「本件賃貸借契約」といいます)。

3 本件賃貸借契約は、契約期間を20年とする定期建物賃貸借契約でした。
Y社は、本件賃貸借契約締結に当たり、敷金として139,641,000円をX社に支払いました。そして、そのうちの54,641,000円について、敷引とする特約がありました。

4 X社は、この敷引金を、実質的な前受家賃と考え、賃貸借期間である20年間で均等償却した金額を、各事業年度の益金に算入していました。
つまり、X社は、敷引金54,641,000円について、20年(240か月)に均等割りし、一月あたり227,670円(小数点以下切り捨て)と考え、それの12か月分である2,732,040円を雑収入として計上し、その金額を一事業年度の益金に算入するという処理を、その都度してきたのです。

1 この点、54,641,000円は、返還されない敷引金ですから(言い換えれば、賃貸人が取得するお金ですから)、いずれかの段階で、いずれかの方法により、X社の益金に算入する必要があることは、ご理解いただけると思います。
問題は、その益金に算入する時期と金額です。

2  X社として、一事業年度に、54,641,000円もの金額を全額益金に算入するとなると、課税対象の所得が大幅に増えることになるので、契約期間で均等割りして、その分だけを、一事業年度の益金に算入したいという気持ちは理解できなくもありません。
しかし、「54,641,000円が、前受家賃だった」というX社の言い分は、さすがに無理があると言わざるを得ないでしょう。
そもそも、賃借人であるY社としては、このような金額の賃料を前払いする経済的メリットが無く、前受家賃であるという合意があったというのは、いかにも不自然です。しかも、X社とY社が、このような合意をしたことを裏付ける証拠もありませんでした。
一見して、経済的合理性・メリットが見当たらない合意が成立していたと主張するのであれば、そのような合意が成立した経緯、理由、合意をすることが不自然ではないことを推察させる強い主張を、説得的に展開する必要がありますが、本件において、X社はそのような主張ができませんでした。

3 前述のように、X社として利益を得る権利が確定した時点の事業年度の益金に算入する必要があります。
そして、本件においては、本件賃貸借契約書に敷引の特約が定められており、かつ、敷引金が、54,641,000円であることも明記されていました。
敷引金が、賃貸借契約が終了しても返金されないという特徴があることから、やはり、本件賃貸借契約書が成立した時点で、X社が敷引金54,641,000円を取得する権利が確定したと評価せざるを得ません(本件賃貸借契約が締結されれば、X社としても、この敷引金を、自社の判断で自由に使うことができます)。したがって、本件賃貸借契約成立した平成17年11月24日時点の事業年度において、敷引金全額を、益金に算入するというのが、論理的な結論となります。

1 本件において、X社は、以下の主張もしましたので、それについても説明いたします。

2 本件賃貸借契約は、20年の定期賃貸借契約ですが、賃貸人であるX社の都合によって本件賃貸借契約を途中で解約した場合、X社が賃借人であるY社に上記の敷引金を返金するという条項が盛り込まれていました。
X社は、この場合のように、本件賃貸借契約が成立した後に、Y社に上記敷引金を返金する可能性があるので、契約締結時には、X社が、敷引金を取得する権利が確定したとはいえず、契約締結時の事業年度において、敷引金を益金に算入する必要は無かった、と主張したのです。

3 しかし、国税不服審判所は、このX社の主張を、真っ向から否定しました。
上記のような場合にX社がY社に敷引金を返金しなければならないのは、X社が契約期間の途中で本件賃貸借契約を解約するという、契約締結とは別個の独立した新規の法律行為に起因するものです。
つまり、X社が契約期間途中で、本件賃貸借契約を解約しなければ、X社が敷引金を返還するという事態にはならない訳です。
このように、X社のY社に対する敷引金の返金債務は、X社の契約中途解約という独自で新規の法律行為によって発生した債務と評価されます。
具体的に言えば、「本件賃貸借契約締結により、敷引金を取得するというX社の利益は確定しており、その後、X社が期間の途中で本件賃貸借契約を解約した場合、X社の「解約」という法律行為によって、新規に、X社がY社に対して敷引金を返金するという別個の債務が発生した」というロジックになるのです。
X社の都合で返金する場合までも「返金の可能性がある」と考えて、X社の敷引金を取得する権利が確定しないとすると、いつまでも、X社の益金に算入しなくて良いということになり、明らかに不合理です。

4 以上のとおり、いったんX社の「敷引金を取得する」という利益を得る権利が確定した以上、その時点での事業年度において、益金に算入する必要があります。
その事業年度後に、X社が本件賃貸借契約を途中解約したとしても、それは、事業年度後に新規になされた法律行為なので、それが、遡って、事業年度の益金に影響を及ぼすことは無い、という結論になるのです。

5 この国税不服審判所の判断は、論理的で、結論も合理的と言えます。
X社の主張は、強引というか、無理やりという感が否めません。
しかし、この実例においてX社の代理人を務められた弁護士さん(もしくは税理士先生)の心境に思いをはせると、共感できる部分があります。
つまり、税法に関するトラブルに限ったことではありませんが、弁護士に依頼される案件すべてが、「勝ち筋」とは限りません。自分のクライアントの法的立場が弱いケースも、少なくありません。
クライアントが困って依頼しているのに、「負け筋の事件だから受任しない」という弁護士は鬼だと思います。
クライアントに十分敗訴のリスクを説明した上で受任し、頭をフル回転させて屁理屈ともいえるようなロジックをひねり出し、強引なロジックを可能な限り説得的に説明した書面を作成し、ラッキーパンチが当たることを祈るということも、実際にはあります(他の弁護士さんも、言わないかもしれないですが、同様の経験をしているはずです)。
その上で、私は「きれいに負ける」というフレーズをよく使いますが、負けるにしても、少しでもクライアントが負担する不利益が少なくなるように、後ろ向きの弁護活動をすることもあるのです。

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