一
1 M&Aという言葉を頻繁に聞きます。
M&Aというと、上場している大規模な会社の話と思われるかもしれません。
しかし、それは、上場会社などの大規模なM&Aが、経済ニュースに取り上げられるからです。実際には、小規模なM&Aも、のオーソドックスな事業展開の手法として、用いられています(典型例としては、後継者がいない会社の経営者が、会社を第三者に売却する場合です)
2 M&Aの具体的手法としては、合併や会社分割などいろいろな手法がありますが、ここでは、比較的シンプルな事業譲渡を取り上げます。
二
1 事業譲渡契約とは、文字通り、ある会社がこれまで行っていた事業を、第三者に売却して、その代金をもらう契約です。
たとえば、3つの別々のゴルフ場を経営している会社が、そのうちの一つのゴルフ場を第三者に売却し、買い受けた会社が、継続してゴルフ場事業をするケースがイメージしやすいかと思います。
事業譲渡の場合、譲受人が、事業の譲渡人の法的立場を、自動的に引き継ぐわけではありません。譲渡会社が、その事業のために締結していた契約などは、譲受会社に名義を変更してもらうか、譲受会社が新たに契約をし直す必要があります。
その意味で、事業譲渡の契約をする場合、事業に不可欠な契約等が移転・変更できず、事業の目的が達成できなくなって、事業譲渡が途中で頓挫する危険があることを踏まえる必要があります。
言い換えれば、事業に不可欠な契約等が継続できるという相当の見込みがある場合に、事業譲渡契約をすべきとも言えます。
2 このような事業譲渡の複雑さから、税法上も、難しい問題があります。
つまり、事業譲渡の譲渡代金を、いつの時点の事業年度において益金に算入するのか、という問題です。
この点について、実例をカスタマイズして、お話いたします。
三
1 X社は、不動産会社であり、Z市に、広大な土地を所有していました(以下「本件土地」といいます)。
X社は、本件土地を開発する事業(以下「本件開発事業」といいます)を企画し、Z市に対して、本件土地の開発行為許可申請をしました。そして、Z市も、X社に対し、開発行為許可を出しました。
2 X社は、しばらくは自社において本件開発事業を進めていたのですが、その後しばらくして、X社において本件開発事業を継続できない事情が生じました。
そこで、X社は、同じ不動産会社であるY社に対し、平成27年8月21日に、本件開発事業における開発権を譲渡する契約をしました(以下「本件事業譲渡契約」といいます)。
3 前述のように、本件事業譲渡契約が締結されても、X社の権利義務関係が、自動的にY社に引き継がれるわけではありません。Y社としては、これまでのX社の権利義務関係を引き継ぐ合意を、個々の契約等の相手方と個別に合意し許可を受ける必要があります。
ここにいう「契約等」には、X社がこれまでに民間の会社と取り交わした各種契約が含まれます。また、それ以外にも、X社がこれまで本件開発事業のために行政機関から取得した許認可も、引き継ぐ手続きをする必要があります。
4 X社とY社は、本件事業譲渡契約の代金について、Y社が、本件開発事業を行うのに必要な契約等の手続きを完了した時点で支払うという契約をしていました。
5 その後、Y社は、X社がZ市から受けた開発許可を引き継ぐ手続きをするなど、本件開発事業を進めるうえで必要な契約等の移転・変更手続きを進めていきました。
しかし、本件開発事業に必要なすべての移転・変更手続きを完了するのに難航し、いつ完了するのか目途が立ちませんでした。
X社として、必要な手続きを完了するまで、本件事業譲渡契約の代金が受け取れないというのでは、資金的に困ります。
そこで、X社とY社は、協議の上、本件事業譲渡契約の内容を変更し、手続き完了前に、譲渡代金の精算をすることにしました。
具体的に、X社とY社は、平成28年7月6日付の「精算合意書」を作成しました(以下「本件精算合意書」といいます)。
本件精算合意書の中では、「Y社が本件開発事業を行うために必要な契約等の移転・変更手続きが完了しておらず、本件事業譲渡契約の条件は達成されていないが、当事者の合意により、本件精算合意書によって、Y社がX社に対し、本件事業譲渡代金を支払う」と記載されていました。
そして、実際に、Y社は、本件精算合意書にしたがって、同月13日に、X社に対して、譲渡代金を支払ったのです。
四
この実例において、税務署長側は、X社が、Y社と本件事業譲渡契約を締結した平成27年8月21日時点の事業年度である平成27年10月期において、本件事業譲渡契約の代金を益金に算入していなかったとして、更正処分をしました。
しかし、国税不服審判所は、以下の理由により、この更正決定が違法であると判断しました。
以下、その理由について、説明いたします。
五
1 そもそも、税法上、「収益」は、その実現があった時、つまり、利益を得る権利が確定した時点での事業年度において、益金に算入するというルールが確立しています。
なぜならば、このルールが無いと、収益計上の事業年度をずらすことによって、作為的に利益調整ができることになるからです。
そこで、本件において、X社として、どの時点において、「利益を得る権利が確定した」と評価できるかが、本件でのポイントになります。
2 税務署長側は、本件事業譲渡契約が成立した時点で、X社の事業譲渡代金債権が確定した」と考え、この時点の事業年度を、譲渡代金の益金算入時期であると考えました。
しかし、この考え方は、国税不服審判所も指摘する通り、契約成立後の不確定要素が多く、契約通りに話が進むかどうか不明確であるという、事業譲渡の特徴を看過していると言わざるを得ません。
3 本件開発事業の譲渡は、単に本件土地の売買をしただけで終わるものではありません。
Y社としては、X社のこれまでの権利義務関係を引き継ぐために、個別に、それぞれの契約相手方や行政機関などと折衝し、個別の承諾を得る必要があります。
承諾をするか否かは、取引の相手方や行政機関等の裁量なので、Y社の計画通りに、本件開発事業を行うために必要な契約等の移転・変更手続きが進まないことも、大いに考えられます(現に、この実例においては、Y社の手続きが難航し、想定外の長期間がかかっていました)。
しかも、本件事業譲渡契約書にあるとおり、Y社が、本件開発事業を行うために必要な契約等の移転・変更手続きを完了することが、X社への譲渡代金支払いの条件となっていました。
このような事情を考えると、X社とY社が本件事業譲渡契約を締結しただけでは、契約成立後の不確定要素が多いので、この段階で、X社の事業譲渡代金債権が確定したとは評価できないと、国税不服審判所は判断したのです。
事業譲渡というM&Aの手法が、不確定・不安定な取引であるという特徴を的確に評価した判断といえます。
4 そして、本件においては、Y社が本件開発事業を行うために必要な契約等の移転・変更手続きをするのに難航し、完了のめどが立ちませんでした。
X社として、完了の目途が立たないのに、いつまでも事業譲渡代金の支払いを待つわけにはいきません。
そこで、X社とY社は、平成28年7月6日に、本件精算合意書を作成して、必要な手続きが完了していないけれども、X社に事業譲渡代金を支払うことになったのです。
5 このように、平成28年7月6日の本件精算合意書によって、ようやくX社の事業譲渡代金債権が確定したと評価できます。
よって、X社としては、この時点の事業年度である平成28年10月期において、本件事業譲渡契約代金を、益金に算入するということになるのです。
六
1 なお、この実例では、青色申告の承認取り消しについても問題になったので、この点について最後に付言いたします。
2 青色申告とは、確定申告方法の一つであり、個人事業者の場合は「所得税の青色申告承認申請書」を、法人の場合は、「青色申告の承認申請書」を、事前に所管の税務署に提出します。
3 青色申告をすることにより、
・青色申告特別控除
・青色申告者の専従者控除(個人事業者)
・欠損金繰り越し控除
というようなメリットがあります。
4 もっとも、以下の場合には、青色申告の承認が取り消される可能性があります。
・税務調査時に、帳簿書類を提示しないとき
・財務省令や税務署長の指示に従わないとき
・所得金額・欠損金額を隠ぺい・仮装した場合
・推計によらなければ所得金額を算出できないとき
・2期連続で法定期限内に申告書を提出しなかったとき
・その他、取り消しが相当であると認められるとき
5 本件において、税務署長側は、X社が、本件事業譲渡代金を平成27年10月期の益金に算入しなかったことが、「所得金額・欠損金額を隠ぺい・仮装した場合」に当たるとして、青色申告の承認の取り消し処分をしました。
しかし、前述のように、X社としては、本件事業譲渡代金を平成28年10月期に益金に算入すればよいので、税務署長側の判断は、前提が間違っています。
したがって、当然のことながら、この実例においても、取り消し処分が違法と判断されました。
6 なお、「所得金額・欠損金額を隠ぺい・仮装した場合」には、客観的に見て、単なる計算ミスや勘違いは含まれません(重加算税の話を参考にしていただければと思います)。