年俸制の給与所得者と所得税の非課税規定

1 働き方改革の推進が叫ばれている中、現在では、会社ごとに、多種多様な雇用システムが構築されています。
その雇用システムの一つとして、年俸制というシステムで給与を得るという働き方があります。

2 年俸制とは、1年単位で、給料の総額を取り決め、1年ごとに給料の額を見直し更新していく制度です。成果や実力をもとに従業員を評価する成果主義の考え方が強い会社や、「ジョブ型雇用」を導入している会社に、多く見られます。

3 なお、年俸制といっても、給料が年に1回まとめて支払われるわけではありません。
労働基準法24条により、「賃金は、毎月一回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない」と規定されています。したがって、年俸額を12か月で割り、1か月あたりの金額が、毎月支払われることになります

年俸制が採用されている人は、会社役員とか、比較的経営層に近い幹部が多いと思われます。
年俸制の場合、1年単位でその従業員に対する給与支給総額が決定され、給与以外の手当が支給されないケースが多いと言えます。
しかし、実際には、年俸制で給与をもらっている人も、実際のところ、会社に通勤するために交通費を支払っているし、単身赴任している場合には単身赴任に必要な費用を負担しています。
つまり、年俸制が採用されている人であっても、通勤に必要な交通費や、単身赴任に必要な費用を負担しなければならず、これらの費用を引いた金額が手残りとなります。
そうであれば、年俸制の場合の年俸額全額を所得税の課税対象とするのは、過度な課税ではないかという疑問が生じます。
つまり、年俸制の場合、実際の通勤交通費に当たる金額、あるいは、単身赴任をする上で実際に必要になる費用については、所得税の課税対象から外しても良いのではないか、という問題意識です。

1 そもそも、所得税法9条1項5号では、「通勤手当に類するもの」については、課税対象から除外すると規定されています(以下「本件非課税規定」といいます)。
つまり、本件非課税規定により、通勤する給与所得者が交通費に充てるために、通常の給与に加算して受ける通勤手当(これに類するものを含む)については、給与の一部ではないため、その分は、所得税の課税対象になりません。

2 通勤手当が、本来の給与に現金として加算されている会社もあるでしょう。
また、現金を加算せず、定期券などを支給する会社もありますが、それも、本来の給与とは区別して、実費の補填という意味合いで支給されているので、「通勤手当に類するもの」として、所得税の課税対象から外れます。

3 単身赴任に必要な費用についても、同様に考えられます。
つまり、本来の給与とは別に、加算して単身赴任必要額が手当として支給されている場合、実費の補填という意味合いから、その手当額は、「通勤手当に類するもの」として、所得税の課税対象から除外されるのです。

1 しかし、年俸制が採用されている会社において、「給与」という支給項目しかない場合、「給与」に加算して支給されているものが無いという評価になります。
つまり、「給与」という支給項目しか無い以上、「通勤手当」や「通勤手当に類するもの」(つまり、本件非課税規定が適用される支給項目)が存在しないということになります。

2 したがって、本件非課税規定が適用される支給項目が無く、支給された金額全額が「給与」である以上、支給額全体が、所得税の課税対象になってしまうのです。

3 なお、給与所得者の場合、給与所得控除以外に、必要経費を控除して給与所得額を計算することはできません。

4 以上の点をまとめると、年俸制の給与として会社から給与をもらっている人は、特別の対策をしない限り、年俸額全体が所得税の課税対象金額になってしまい、実際に通勤するための交通費や、単身赴任に必要な実際の経費は、自腹で負担することになります。
そこで、年俸制の導入を検討している会社においては、通勤交通費等の額も考慮して、高めに年俸額を設定するか、あるいは、年俸制であっても、「通勤交通費手当」や「単身赴任手当」を、本来の年俸とは別の支給項目で支給するといった配慮が必要になると考えられます。
また、年俸制の給与システムで働こうと考えている人については、通勤交通費等が自腹で負担することになっていないかを確認してから、判断した方が良いと言えるのです。

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