一
1 今回は、前回のブログに引き続き、民法910条に関する話です。
民法910条では、「相続の開始後、認知によって相続人となった者が遺産の分割を請求しようとする場合において、他の共同相続人が既にその分割その他の処分をしたときは、価額のみによる支払いの請求権を有する」と規定されています。
2 この認知された相続人が、誰に対して、自分の相続割合価額を請求できるのか、という点が問題となります。実例をカスタマイズして、お話いたします。
二
1 Aには妻Bがおり、AとBの間には、Cという子供がいました。
Aが死亡したことから、Aの相続人であるBとCがAの遺産分割協議をしました(以下「本件遺産分割協議」といいます)。
2 Aには、妻であるB以外の女性との間にXという子がいました。
Xは、Aが死亡し、本件遺産分割協議が成立した後に、死後認知の訴えを提起し、認知が認められました。
3 そこで、Xは、民法910条に基づく支払い請求をしようとしたのですが、この場合、請求する相手方は、妻Bなのか、子Cなのかが問題となったのです。
三
1 民法910条に基づく支払い請求をしたとしても、それ以前になされた本件遺産分割協議の効力に変動があるわけではありません。
本件遺産分割協議がなされたことを前提に、後から認知によって相続人に入った人の利益も保護するというのが、民法910条の趣旨になります。
したがって、前回のブログでも述べた通り、Xとしては、本件遺産分割協議のやり直しを求めることはできません(代償金を請求できるだけです)。
2 そして、本件の特徴は、AとBとの間にCという子がいるという点です。
そもそも、子がいる場合、配偶者が遺産の半分を取得し、残りの遺産を子が均等に取得するのが法定相続割合です。
つまり、本件遺産分割が成立した後にXが認知されて相続人になったとしても、子が1人から2人になったということであり、妻であるBの法定相続分は変わりません(Cの法定相続分が減るだけです)。
したがって、認知によりXが新たな相続人として現れても、本件遺産分割協議の内容は変わらないし、妻であるBの法定相続分も変わらないので、Xとしては、妻Bに対して民法910条に基づく支払い請求をすることができないというのが、裁判所の判断です。
3 結論としては、Xは、自分と同じ子であるCに対し、自分の相続割合に応じた価額の請求をすることになります。
Cとしては、相続割合が2分の1だったけれども、Xが新たに認知により子として相続人に加わったので、相続割合が4分の1になります。
よって、Cは、余分に取得していたことになる4分の1に相当する価額を、Xに支払うことになります。
四
1 この点、本件遺産分割協議の内容として、妻Bがめぼしい遺産をすべて取得し、Cにめぼしい財産が無いという場合も考えられます。
この場合、XがCに対して、民法910条に基づく支払い請求をしても、Cから代金を回収できないリスクがあります。
2 しかし、裁判所は、この点について、民法910条は、すでになされた本件遺産分割協議の効力を否定するものではなく、その範囲内で認知された子の利益を極力保護するという趣旨なので、上記のようなリスクが発生してもやむを得ないと述べたのです。
五
1 このように、法律上の配偶者に比べ、認知された子の利益保護の程度は低いという感は否めません。
しかし、配偶者の相続の場合、婚姻中の財産の清算や生存配偶者の生活保障という意味合いがあるので、他の相続人の相続とは性質が異なります(配偶者の相続権は、他の相続人よりも厚く保護されています)。
したがって、本件でいえば、XがBに対して、民法910条に基づく支払い請求をできないとしても、不公平とは言えないのです。
2 また、そもそも、本件遺産分割協議という法律行為が確定的に成立している以上、その効力を変動させることは、法律関係が不安定になってしまいます。
本件でいえば、XのBに対する請求を認めると、本件遺産分割協議のやり直しをする結果となってしまい、法的安定性を欠くことになります。
裁判所は、この点を重視したものと考えられるのです。