一
1 民法910条では、「相続の開始後、認知によって相続人となった者が遺産の分割を請求しようとする場合において、他の共同相続人が既にその分割その他の処分をしたときは、価額のみによる支払いの請求権を有する」と規定されています。
つまり、相続の開始後に認知により相続人になった人は、遺産分割その他の処分をやり直すことまでは請求できず、自分の法定相続分のお金を請求することになります。
2 では、この相続開始後に認知された人の請求できる金額は、いつの時点を基準に算出することになるのでしょうか。
この点が問題となったケースについて、実例をカスタマイズしてお話しします。
二
1 Aは、平成18年10月7日に死亡し、その時点での相続人は、BとCでした。
BとCは、平成19年6月25日に、Aの遺産について、分割協議を成立させました。
この遺産分割が成立した平成19年6月25日時点でのAの遺産の評価額は約10億円でした。
2 Aには、実は妻以外の女性との間にXという子がいました。
Aは、生前はXを認知していなかったのですが、Xは、Aが死亡した後、死後認知の訴えを提起し、平成22年11月に、Xの認知を認める判決が確定しました。
3 Xは、認知を認める判決が確定し、Aの相続人になったことから、平成23年5月6日に、B及びCに対して、民法910条に基づく価額の支払いを請求しました。
この支払請求の時点でのAの遺産の評価額は、約7億円に減額していました。
4 そこで、Xに支払われる具体的な価額は、遺産分割が成立した平成19年6月25日を基準にするのか、Xが民法910条に基づく支払い請求をした平成23年5月6日を基準にするのかが問題となったのです。
三
1 この点、最高裁判所は、民法910条に基づく支払い請求をした時点を基準に、遺産の価額算定をするという判断を示しました。
2 民法910条に基づく支払い請求をしたとしても、それ以前になされた遺産分割その他の処分に効力に変動があるわけではありません。
遺産分割その他の処分がなされたことを前提に、後から認知によって相続人に入った人の利益も保護するというのが、民法910条の趣旨になります。
そうであれば、民法910条に基づく支払い請求がなされた時点で、具体的な権利として発生し、その時点での遺産額を基準にして具体的な支払額を算出するという結論になるのが論理的といえます。
3 本件においては、B及びCの遺産分割が成立し、遺産額が約7億円になった時点で、Xが民法910条に基づく支払い請求をしたので、約7億円が基準となって支払い価額が算定されます。
4 なお、本件の場合は、遺産分割時よりも遺産の評価額が下落しましたが、逆に、民法910条に基づく支払い請求をした時点で、遺産の評価額が上昇しているというケースも考えられます。
そのような場合には、最高裁のロジックでいえば、上昇した時点での価額で評価することになります。
四
1 なお、前述のように、民法910条に基づく支払い請求をした時点で、金銭債権として具体的に発生することになります。
つまり、支払請求がなされた時点が支払い債務の弁済期になります。そして、弁済期の翌日から支払いがなされるまで法定利率による利息が付されることになります。
2 その意味でも、いち早く民法910条に基づく支払い請求をすることが重要かと考えられます。