法人格否認と未払い賃料の承継

1 法人格が別であれば、他社の債権債務を承継しないのが原則です。

しかし、法人格が形骸化していたり、法人格が濫用していたりする場合には、同一の法人と評価され、債権債務関係を承継することになります(法人格否認の法理)。

2 法人格が否認されるケースとしては、法人格の形骸化と法人格の濫用があります。

法人格の形骸化に当たるかは、①株主総会や取締役会の不開催②株券の違法な不発行③帳簿記載や会計区分の欠如④業務や財産の混同、といった基準で判断されます。

また、法人格の濫用は、法律の適用を回避するために法人格が悪用される場合です。具体的には、

  • 支配要件:会社を自己の道具として利用できる支配的地位にある者が法人格を利用している。
  • 目的要件:違法な目的で法人格を利用している

という場合に、法人格の濫用と評価されて、同一の法人と評価されます。

3 今回は、この法人格否認の法理が問題となったケースについて、実例をカスタマイズしてお話いたします。

1 Xは、A社に勤務する労働者でした。

A社は、いわゆるブラック企業であり、その従業員であるXらに対し、賃金の未払いや時間外割増賃金を支払っておらず、また、合理的な理由が無いのにXを違法に解雇しており、不法行為に基づく損害賠償(慰謝料)を支払うべき立場にありました。

2 A社の代表取締役であったBは、Y社を新たに設立し、BがY社の代表取締役に就任しました。

Y社は、事業目的も本店所在地もA社と同じであり、A社のIT事業部門は、Y社にそのまま譲渡されました。そして、A社の取引先の大部分もY社に引き継がれ。従業員の大半もY社に移籍しました。


1 確かに、Xと労働契約関係にあるのはA社ですから、未払い賃金や時間外割増賃金等については、Aに請求するのが本来のロジックです。

しかし、A社が事実上廃業していて支払い能力がないという場合に、無い袖は振れないということで、Xが未払い賃金等をもらえず泣き寝入りをしなければならないというのは、あまりに不合理です。

2 そもそも、A社の代表取締役であるBがY社を設立したのは、消費税の節税対策のためにA社の売上を二社に分けようと考えたという租税回避目的でした。

また、A社の売上を相当額減らせば、「お金がない」という言い訳をして、Xら従業員の未払い賃金などを免れることができるという違法な目的もありました。

3 Bは、このような不当・違法な目的のもと、Y社を設立したわけですが、B自身がY社の代表取締役に就任しており、事業目的、本店所在地、事務所もA社と同一でした。

A社が行っていたIT事業部門は、そのままY社に事業譲渡され、それ以外のY社の顧客についても、A社から引き継いだ顧客ばかりでした。

さらに、Y社固有の従業員はおらず、A社の従業員がそのまま両社の業務を並行して行うという状況でした。

4 このような事情から、裁判所は、法人格否認の法理(法人格の濫用)により、Y社に独立の法人格を認めず、A社とY社が実質的に同一の会社であると判断したのです。

つまり、Xら従業員としては、A社に対して請求できるはずであった未払い賃金や時間外割増賃金等をY社に請求することができることになったのです。

1 もっとも、法人格否認の法理により、設立された会社の独立した法人格が否定され、元の会社と実質的に一体と評価されるケースというのは、限定的であると考えられます。原則は、法人ごとに独立の法人格が認められるからです。

2 ポイントとしては、新規に法人を設立する上で、どのような営業戦略上、経営上の合理的な理由があるかという点であると考えられます。

多角経営をする上で、関連法人や子会社を増やすというのであれば、一応合理的な理由があるので、法人格が否認されるリスクは少ないと思われます。

一方、本来であれば一つの会社で対応できる業務内容なのに、新規に法人を設立して、その業務を二社で分けて消費税を軽減する目的だったり、本件のように、A社の従業員に対する未払い賃金等を違法に免れるたりするために、A社の事業をY社に移転してA社を空にしたというのは、あまりに露骨な違法行為であり、信義則にも反します。

3 法人格否認の法理により、法人格が否認されないようにするためには、会社規模や業種職種などに鑑み、一定の合理的な理由を説明できるようにしておく必要があると言えるでしょう。

また、従業員の未払い賃金や時間外割増賃金等の問題は、必ず追及される争点なので、これらのお金の承継についても、明確に取り決めておく必要があると考えられます。

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