一
1 請負契約においては、工事に使用される素材・材料のクオリティーや工法が重要です。
特に建物の建築請負契約などでは、建物の耐久性・安全性に直結しますし、そのクオリティーの素材や工法を使うことを前提に請負代金も設定されています。
したがって、請負契約においては、請負人は、その請負契約内容で定められた素材や工法を遵守する必要があり、それに違反した場合には請負人が契約不適合責任を負うことになります。
2 もっとも、請負契約は、一般に相当な規模なものが少なくなく、かつ、不確定要素があり、請負工事期間も長期間にわたるケースも多いので、当初の契約内容と全く同じ内容を、完全に実現することができない場合もあります。
3 この点が問題となったケースについて、実例をカスタマイズしてお話いたします。
二
1 Y社は、建物建築などを事業内容とする工務店です。
Xは、Y社に対し、自動車が何台も入る大規模なカーポート(以下「本件カーポート」といいます)の建築を注文し、Y社はこれを受注しました。
2 Y社が本件カーポートを建築している途中、Xから使用について変更の申し入れがありました。
Y社としては、素材を代替品と変更し、工法も当初の請負契約のものを調整すれば、本件カーポートと同じものができると判断し、Xの仕様変更を承諾しました(以下「本件合意」といいます)。
3 本件カーポートが完成した後、Xは、本件カーポートの材料に代替品が使われたこと、及び請負契約内容と異なる工法が用いられたことを知り、トラブルになりました。
三
1 本件合意の際に、Y社として、Xの仕様変更を受け入れるのであれば、代替の材料を使うことになるとか、契約内容と異なる工法となるということをXに説明しておくべきでした。この点は、Y社の落ち度・不手際と言えます。
2 しかし、裁判所は、Y社のこのような不手際を認めながらも、Y社は契約不適合責任を負わないという判断をしました。
四
1 請負契約内容の遵守が求められているのは、美観や耐久性・安全性の維持確保のためです。
もちろん、すべてが請負契約内容通りに、正確・忠実に工事が進めば申し分ありません。
2 しかし、請負工事は、一般に、相当の規模の工事が相当の期間をかけて行われ、気象状況などの不確定事情の影響を受けるし、注文者からの仕様変更の申し入れもあり得ます。
このような状況であるのに、当初の請負契約内容通りの工事が、寸分の違いも無く施工されなければ、契約不適合責任を負うということでは、請負人に不可能を強いることになりかねません。
3 したがって、美観や耐久性・安全性に悪影響が無いのであれば、当初の請負契約で定められた素材や工法を完全に使っていないとしても、それが直ちに、請負人の契約不適合には当たるわけではないと、裁判所は判断しました。
五
1 具体的に、日本工業規格上の品質などに応じて一般に許容されている誤差レベルの範囲内であれば、当初の請負契約内容と異なっていたとしても、請負人が契約不適合責任を負うことはないとされます。
本件で言えば、Xとしても、合理的意思解釈として、日本工業規格上の品質などに応じて一般に許容されている誤差レベルすらも許さないという意思のもと、本件合意をしたとは考えられません(請負代金の増額はありませんでした)。
当初の請負契約内容と全く同じでないとしても、美観や耐久性・安全性に支障がなく、日本工業規格上の品質などに応じて一般に許容されている誤差レベルの範囲内であれば、請負人の契約不適合責任の対象にはならないのです。
2 逆に、美観や耐久性・安全性に看過できない程度の変更が生じ、日本工業規格上の品質などに応じて一般に許容されている誤差レベルを超えるような差異が発生した場合には、請負人としては、契約不適合責任を負うことになります。
六
1 法律用語で、「受忍限度」という言葉があります。
社会生活や経済取引をする上で、完璧ということはなかなか期待しにくいところです。すべて完璧を要求するとなると、その対価である価格が極めて高額になります。
通常の価値観を有する一般人を基準に社会通念に照らし、これは我慢すべき範囲内と言えるか否かという判断がポイントになります。
2 本件で言えば、確かに当初の請負契約内容と異なる仕上がりになりました。
しかし、日本工業規格上の品質などに応じて一般に許容されている誤差レベルの範囲内だったのであれば、耐久性や安全性にも支障がないと考えられます。
また、対象建物が本件カーポートですから、美観性という意味でも、こだわり抜いた注文住宅の建築とは事情が違います。
したがって、本件においては、当初の請負契約内容と異なる材料や工法が用いられていたとしても、受忍限度内という判断がなされたものと考えられます。
3 なお、この受忍限度の範囲内の変更だからこそ、Y社が本件合意時に、事情を説明をしなかったことも許容されたのだと考えられます。
日本工業規格上の品質などに応じて一般に許容されている誤差レベルを超える変更であれば、Y社には当然説明責任が発生することになります。