一
1 多くの会社の就業規則には、
① 業務外の傷病によって長期の療養を要する場合には、休職を命じる
② 休職中に、休職の事由が消滅した者は、復職させる
③ 私傷病休職の休職期間が満了した者は、自然退職とする
という規定があります。
2 この点、休職期間が満了する前に、休職の事由が消滅したのか、復職が可能なのか、という点について、争いとなるケースがあります。
3 今回は、この点が、障害者基本法、発達障害者支援法、及び障害者雇用促進法(以下「障害者基本法等」といいます)とも関連して問題となったケースについて、実例をカスタマイズしてお話いたします。
二
1 Xは、IT関連会社であるY社から総合職として雇用され、システムエンジニアやソフト開発部門担当者の職歴を経て、予算管理業務担当者をしていました。
2 Xは、かねてより、上司が業務を教えてもできない、同僚と些細なことでトラブルになる、徘徊したり独り言を言ったりするなど不穏な言動がある、体臭が酷く身だしなみができていないなど常識的な清潔感が無いといった問題点を抱えていました。
3 Y社としては、Xが原因でY社の業務に支障が出ていることから、Xについて、専門医に診察してもらいました。
専門医は、各種診察をした結果、Xがアスペルガー症候群で治療が必要であり、業務に対応することが困難であるという診断をしました。
4 Y社は、この診断を受けて、Xに対し休職を命じました。
そして、職場復帰支援の一環として、試験出社(安全な通勤、及び所定就労時間内の安全・安定した就労が可能であるかを確認するための出社)もしましたが、Y社としては、休職の事由が消滅していないと判断し、Xについて、休職期間満了で退職という扱いにしました(以下「本件退職扱い」といいます)。
5 これに対し、Xは、既に休職事由は消滅しているし、本件退職扱いが障害者基本法等に違反しており無効であると主張し、Y社を被告として、労働契約上の地位確認や、未払いの給与等の支払いを求めて訴訟を起こしたのです。
三
1 本件においては、どのような場合に「休職事由が消滅した」と言えるのかが、問題となります。
2 この点、会社と労働者との労働契約における債務の本旨に従った労務の提供がなされる場合をいい、原則として、
① 休職前の職務を通常の程度に行える健康状態になった場合
② 当初の間簡易な作業に就かせれば、ほどなく休職前の職務を通常の程度に行える健康状態になった場合
を指します。
3 なお、労働者が、職種や業務内容を特定せずに労働契約をした場合には、特定の業務について十分労務が提供できないとしても、他に現実的に就労できる他の業務が存在し、かつ、労働者がその他の業務の就労を申し出ている時には、「休職事由が消滅した」ということになるので、復職が認められます。
四
1 もっとも、本件は、原告が、アスペルガー症候群という障害を有しているという事情があるので、障害者基本法等を考慮する必要があります。
つまり、障害者基本法等では、
① 事業者は、障害者の雇用に関し、その有する能力を正当に評価し、適切な雇用の機会を確保するとともに、個々の障害者の特性に応じた適正な雇用管理を行うことによりその雇用の安定を図るよう努めなければならない
② 国民は、発達障害者の福祉について理解を深めるとともに、社会連帯の理念に基づき、発達障害者が社会経済活動に参加しようとする努力に対し、協力するように努めなけれればならない
③ 事業主は、その雇用する障害者である労働者の障害の特性に配慮した職務の円滑な遂行に必要な設備の整備、援助を行う者の配置その他の必要な措置を講じなければならない
といった規定があります。
2 Xは、本件退職扱いが、このような障害者基本法等の規定に反するので、無効であると主張したのです。
3 確かに障害者基本法等の理念は重要なものであり、上記のような配慮は、必要と言えます。
しかし、事業主の事業規模や業種によって、配慮できる範囲にも限界があります。
労働契約という本質を逸脱する過度な負担を伴う配慮をする義務が事業者に課せられているものではありません(上記の規定は、努力義務であると解されます)。
したがって、本件退職扱いが障害者基本法等に反して無効であるというXの主張については、慎重に検討する必要があります。
五
1 本件では、本件退職扱いの前に10日間の試験出社が行われました。
試験出社は、Xが復職可能かを確認するためのものですから、復職後の職場環境において、本来の業務は一切行わずに別の作業を行い、上司はXの作業内容について具体的な指示をせず、Xの作業結果の評価や査定も行いませんでした。
2 Xは、試験出社期間中、すべて遅刻や早退をすることなく出席し、作業もすべてこなしました。
3 しかし、Xが自席で居眠りをしたり挨拶をしないことを上司が注意したのに不合理な反論し改善しないこと、自席において独り言を言ったり意味なくにやにやしたりするなどして周囲の従業員から苦情があったこと、といった事情が頻繁に見られました。
4 そこで、Y社としては、試験出社の状況も考慮し、総合職を行うのに通常必要なコミュニケーション能力や社会性、協調性について改善が見られないと判断して、本件退職扱いをしたのです。
5 このような経緯に鑑みれば、Xについて、「休職事由が消滅していない」として、総合職への復職を認めなかったY社の判断も、やむを得ないものであり、合理的であると言えます。
6 したがって、Y社の本件退職扱いは、有効であると判断されました。
六
1 なお、Xは、Y社がIT関連会社であるから、コンピュータープログラミングのような、対人コミュニケーションを取る必要性の少ないパソコンに一日向き合うような業務を、Xに担当させる必要があったと主張しました(他にXが担当できる業務があるのにそれをさせず本件退職扱いをしたのは不当であると主張したのです)。
2 しかし、Y社においては、コンピュータープログラミングのようなパソコンに一日中向き合うような業務については、外注先に委託していました。
Xの主張は、Xに仕事をさせるために、外注業務を内製しろと求めるものに等しく、Y社の効率的な業務遂行に過度な負担を伴う配慮を求めるものと言えます。
3 したがって、Y社としては、そこまで配慮する必要は無く、やはり、本件退職扱いは有効であると判断されたのです。
七
1 本件のポイントは、Xが総合職としてY社に雇用されたという点にあると考えられます。
総合職である以上、単に与えられた事務作業を淡々とこなせばよいというものではありません。仕事の協議、計画、調整、実践などにおいて、一定程度のコミュニケーション能力、社会性、協調性が必要になります。
また、総合職でなくとも、周囲の社員のパフォーマンスを低下させるようなことは、労働者の会社に対する労務提供義務に反すると言えます。
2 そこで、このような場合には、専門医にアスペルガー症候群のような障害ではないか診断してもらい、その上で治療のための休職を命じ、休職期間が経過しなくても状況が改善せず、「休職事由が消滅した」と認められない場合には、自然退職とする対応が良いと考えられます。