一
1 そもそも、資産を譲渡して所得を得た場合、譲渡所得として、所得税が課せられます。具体的には、資産を譲渡したことによる収入から、資産の取得費用、資産譲渡に必要となった経費、及び特別控除額を差し引いた金額が、譲渡所得となります。
2 もっとも、相続により他人から取得した所得については、所得税の非課税所得とされます(所得税法9条1項17号)。
3 そこで、他の人から相続した資産を第三者に譲渡して、収入を上げた場合の所得税の課税関係はどうなるのでしょうか。この点が問題となったケースについて、実例をカスタマイズしてお話いたします。
二
1 Xの夫であるAは、昭和52年12月に、自宅用の土地(以下「本件土地」といいます)を、代金19,644,075円(以下「本件取得価格」といいます)で取得しました。
2 Aは、平成19年8月に死亡し、妻であるXが、相続により本件土地をAから取得しました。Aが本件土地を取得した後、本件土地は値上がりし、Aが亡くなった時点での本件土地の相続税評価額は、31,989,126円でした。
3 Xは、平成21年9月に、第三者Bに対し、本件土地を代金3500万円(以下「本件譲渡価格」といいます)で譲渡しました(以下「本件譲渡」といいます)。
4 Xは、上記の所得税法9条1項17号により、資産を相続で取得した場合の所得は非課税であるから、本件譲渡による収入も譲渡所得として所得税が課せられることはないと判断して税務処理をしました。これに対し、税務署長側が、本件譲渡による収入も譲渡所得として所得税の課税対象であるという判断のもと更正処分をしたことから、バトルが始まりました。
三
1 この点、国税不服審判所は、所得税法60条1項を重視しました。所得税法60条1項は、居住者が相続により取得した資産を譲渡した場合、その者が引き続きその資産を所有していたものとみなす、と規定しています。
2 この条文により、相続後に、相続人が相続した資産を譲渡した場合には、譲渡による収入額から、被相続人の取得費を控除した「値上がり益」について、所得税が課せられることになります。本件についていえば、Bに対する本件譲渡価格から、Aの本件取得価格を控除した値上がり益が、所得税の対象となるのです。
3 この点、Aが亡くなった時点での本件土地の相続税評価額は31,989,126円であり、本件取得価格より大幅に値上がりしています。そして、Xとしては、この相続税評価額を基準に相続税の申告をして納税しました。そうすると、本件取得価格から、Aが亡くなった時点までの値上がり分について、所得税も相続税も課税対象にすることになり、二重課税ではないかという疑問も生じます。しかし、所得税法60条1項は、相続税の対象となった本件土地についても、相続人Xが本件土地をBに譲渡した場合には、被相続人Aの本件取得価格と、Bへの本件譲渡価格との差額である値上がり益について所得税の対象とすることを許容している、と国税不服審判所は判断しました。わざわざ、所得税法60条1項という条文がある以上、違法な二重課税ではないという判断が示されたのです。
四
1 なお、本件においては、X側が、相続税に関する最高裁の判例(以下「判例」といいます)を使って主張をしましたので、この点についてご紹介します。
2 判例で問題となったのは、生命保険契約に基づく生命保険金です。つまり、生命保険金のうち、年金の方式で支払われる有期の年金受給権の額については、相続税の対象になっている限り、所得税法9条1項17号により、所得税の課税対象とならないと判例は判断していています。X側としては、この判例のロジックを使って、本件譲渡による収入についても、所得税が課せられないと主張したのです。
3 しかし、本件は、Aが本件土地を取得してからXが本件譲渡をするまでの値上がり分について、譲渡所得として課税するか、という問題です。一方、判例の事案は、値上がり分についての課税という問題ではないので、前提が異なります。したがって、国税不服審判所は、判例のロジックを用いたX側の主張を認めませんでした。
五
以上のように、税務係争になった場合は、税法そのものの知識だけでなく、判例の情報や、判例のロジックを使った法律構成というスキルも必要になります。
この点に自信のない税理士先生は、是非弁護士との協同をご検討ください。