一
1 法人が所有する不動産を、適正評価額で売却したのに、その額が取得費用を下回り、譲渡損失が生じた場合、原則として損金額に算入されます。
2 しかし、不正な利益調整のために、譲渡損失が悪用されることがあります。
今回は、そのようなケースについて、実例をカスタマイズしてお話いたします。
二
1 X社は、自社が所有する土地建物(以下「本件不動産」といいます)を、A社に売却しました(以下「本件売買契約」といいます)。
X社とA社はグループ会社であり、両社の代表取締役は、Cでした。
2 X社とA社は、契約書を作成して本件売買契約を締結し、A社はX社に代金を支払いました。
3 本件売買契約の売却代金は、取得価格よりも安く、X社に譲渡損失が発生しました(以下「本件譲渡損失」といいます)。
X社は、適正な価格で本件不動産を売却した結果、本件譲渡損失が発生したとして、その損失額を損金算入しました。
4 これに対し、税務署長側が、本件売買契約が実体のないものであることを理由に、本件譲渡損失の損金算入を否認する更正処分をして、バトルがスタートしました。
三
1 本件における争点は、本件売買契約が実体のあるものだったか否か、という点です。
本件売買契約に実体がないということになれば、本件譲渡損失が発生する余地は無いので、更正処分が正しいということになります。
2 この点、国税不服審判所は、本件売買契約が実体の無いものであり、本件譲渡損失が発生することはないので、これをX社の損金額に算入することはできないと判断しました。
以下、その理由について、ご紹介いたします。
3 もともと、本件不動産には、X社を債務者とするD銀行の抵当権が設定されていました。
X社としては、本件不動産をA社に売却し、その所有権を移転するためには、本件不動産に設定されているD銀行の抵当権を抹消しなければなりません(本件売買契約書にも、その旨記載されていました)。
しかし、X社は、本件売買契約後も、依然として本件不動産の抵当権を抹消しませんでした。
この状態は、本件不動産の買主であるA社が、D銀行のX社に対する貸付金債権について物上保証しているという不自然なものであり、通常の不動産売買では考えられないことです。
この点が、本件売買契約に実体がないと判断された理由の一つです。
4 本件において、A社が本件不動産の代金を支払ったのに、X社は、A社に対する所有権移転登記手続きをしていませんでした。
売買代金の支払いと所有権移転登記は、同時履行の関係(民法533条)にあります。一般的には、決済日を設定して、司法書士の先生が立ち会って、登記申請必要書類の引き渡しと代金の支払いを同時に行うケースが多いと思います。
つまり、売買代金は支払ったのに、X社が本件不動産の所有権移転登記手続きをしていないというのは、不自然というほかありません。
この点も、本件売買契約に実体がないと判断された理由の一つです。
5 X社は、A社に売却する以前から、本件不動産をE社に賃貸して、賃料収入を得ていました。
X社は、E社に賃貸している本件不動産を、A社に売却したことになります。
この場合、本件売買契約の成立により、自動的に、本件不動産の賃貸人が買主であるA社に変わり、A社とE社との間で本件不動産の賃貸借契約が継続することになります(E社としては、貸主であるA社に今後の賃料を支払うことになります)。
しかし、本件では、賃貸借契約書の貸主がX社からA社に変更されておらず、本件売買契約成立後も、E社はX社の銀行口座に賃料を振り込んでいました。
このような事情は、本件売買契約が実質的に成立していたというストーリーと矛盾するものであり、本件売買契約に実体が無いと判断された一つの理由になります。
6 本件売買契約成立後に、E社との賃貸借契約が終了したのですが、X社は、新しい借主としてF社を見つけてきて、X社を貸主、F社を借主とする本件不動産の賃貸借契約を締結しようとしました(賃料の振込先をX社名義の銀行口座にしようとしました)。
このような事情も、本件売買契約が実質的に成立し、本件不動産の所有者がA社に移転したというストーリーと整合しません。
したがって、この点も、本件売買契約に実体がないと判断された理由になります。
7 本件において、確かにA社が、本件売買契約に基づく代金をX社に払ったという銀行口座の取引履歴がありました。
しかし、税務調査の結果、X社とA社双方の代表取締役を務めるCが、A社に対し、売買代金に相当するお金を貸し付けていたことが判明しました。
つまり、A社は、自社の資金で売買代金を支払ったわけではなく、CがA社に貸し付けたお金が、売買代金という名目でX社に流れたと評価できます。
このように、A社が自分で費用負担して本件不動産を購入したわけではないという点も、本件売買契約に実体がないと判断された理由となりました。
四
1 以上のように、本件売買契約に実体がないと判断された以上、本件不動産の所有権者はX社ということになります。
つまり、本件不動産を譲渡していない以上、本件譲渡損失が発生する余地が無いので、これをX社の損金額に算入することはできない結論になります。
2 また、本件売買契約に実体が無い以上、X社が本件不動産の所有者であり、賃貸人としての地位がA社に移転していないので、賃借人であるE社から支払われた賃料は、X社の益金に算入することになるのです。