役員退職給与額の相当性判断基準

1 役員の退職金については、損金に算入できる金額に制限が規定されています。
つまり、役員退職金の支給金額が不相当に高額の場合には、その部分は損金算入されません(法人税法36条)。
そして、「不相当に高額か否か」は、その役員の職務の内容、業務に従事した期間、退職の事情、法人の収益状況、他の従業員に支給する給与額とのバランス、同じ程度の事業規模の同業他社が支給している役員退職金の状況などを考慮し、社会通念にしたがって判断されます(法人税施行令72条の2)。

2 実務一般では、具体的な役員退職金の額は、「功績倍率法」という方法で算出されており、国税不服審判所も、功績倍率法を用いることが合理的であるとの判断を示しています。
ここにいう功績倍率法とは、役員が退職する直前に支給した給与額に、役員の在職期間や役員の実績に応じた倍率を掛けることにより、支給額を算出するという方法です。
功績倍率法に基づいた役員退職金が、「不相当に高額」と判断された場合には、その不相当な部分が損金算入できません。
そこで、功績倍率をどのように設定するか、が大変重要なポイントになります。

3 今回は、功績倍率の設定について争われた実例をカスタマイズして、お話いたします。


1 X社は、アパレル製品の製造や販売等を事業とする株式会社です。Aは、X社の代表取締役であり、Bは、同社の取締役でした。

2 AとBが、同じタイミングでX社を退職することになりました。
そこで、X社は、AとBに対して、それぞれ役員退職金を支給しました。

3 これに対し、これらの役員退職金額が、不当に高額であるとして、法人税36条を根拠に、不相当部分を損金に算入しない更正処分がなされました。
これに対し、X社は、役員退職金額算定の基準となる功績倍率の設定が不当であると主張して、バトルがスタートしました。


1 この点、国税不服審判所は、以下の4つの条件を満たす3法人(以下「本件3法人」といいます)をピックアップして、それぞれの功績倍率を調査しました。

・同じ国税局管内において、X社と同業種を営む青色申告法人であること
・売上金額が、X社の同じ事業年度の売上金額の0.5倍~2倍の法人であること
・X社と同時期に、役員退職給与の支給実績がある法人であること
・退職事由が、業務上の死亡でないこと

2 本件3法人の功績倍率の平均値は、1.9でした(小数点第2位四捨五入)。
国税不服審判所は、この1.9を、適正な功績倍率と判断しました。
つまり、A及びBの最終の月額報酬額に、功績倍率1.9を掛け、さらに、2人の勤続年数である17年を掛けた合計額が、適正な役員退職金額であると、国税不服審判所は判断したのです。
なお、ここにいう「勤続年数」は、単純な登記上の取締役の在職期間を指すものではありません。実質的に取締役として職務に従事してきたと認められる期間を指します。
本件においては、AもBも、実質的に、X社の取締役として職務に従事していたと認められる期間が17年だったことから、17年という数字が掛け合わされたのです。

3 このように、功績倍率を1.9として役員退職金を算出するのが適正であり、それを上回って支出した金額は、法人税法36条により、X社の損金に算入できないことになるのです。


四 
この点、X社からは、以下のような反論が出ましたので、ご紹介します。

1 そもそも、適正な功績倍率の平均値を算出するのに、比較したのが本件3法人だけというのは、比較対象が少なすぎる(統計が不正確)という反論がありました。
しかし、X社と同じような商圏において、X社と同等規模の同業種の会社で、X社と同時期に役員退職金を支給した実績のある会社を多数探し出してくるのは、困難と言わざるを得ません。したがって、本件3法人の功績倍率の平均値をとったとしても、それだけで、比較法人が少なすぎて、適性を欠くとは言えないと判断されました。

2 また、X社は、Aは「代表取締役」であり、Bは「取締役」であるにもかかわらず、2人と功績倍率が同じ1.9となるのは、バランスが悪いと主張しました。
確かに、一般論でいえば、代表取締役は、対外的に会社を代表し、対内的には会社業務全般を統括する職務ですから、単なる取締役と功績倍率が同じということは、バランスが悪いようにも見えます。
しかし、功績倍率を判断する上では、形式的な肩書に左右されるのではなく、役員の法人における職務の内容や実績などの実質的な点が基準になります。
そして、本件においては、Aは、X社の代表取締役ではありましたが、Aの代表取締役としての固有の具体的でめぼしい職務や実績は無く、実質的には、Bと同等レベルの職務を担当し、実績を上げていました。
したがって、肩書が異なっていたとしても、AとBの功績倍率を同じと設定しても問題は無いと判断されました。

3 X社は、これまでの裁判事例や裁決事例をみても、功績倍率が3.3~3.6倍とするのが実務上定着した運用であり、それに比べ1.9という功績倍率は、低すぎて不当に不平等であると主張しました。
この点、国税不服審判所は、本件に関する具体的事情を考慮せず、一般的な裁判事例や裁決事例で認められている功績倍率と異なるという理由だけで、本件におけるA及びBの功績倍率が、社会通念上不相当に低いとは言えないという判断を示しました。
これまでの裁判例や裁決例の認定は、参考にするに止め、基本的には、X社におけるA及びBの活動内容など実質面を基準にして、適正な功績倍率を決めると判断されたのです。
確かに、裁判所や国税不服審判所で争われた各事例については、それぞれ個別具体的な前提事実が異なるので、それらの結論だけをピックアップして、一般化することはできません。
そして、本件で、A及びBともに、功績倍率を1.9とするのが低すぎる、と言えるほどの活動もしておらず、業績も上げた形跡が認められませんでした。
この点から、X社の反論は、否定されたのです。

五 
このように、法人ごと、退職する役員ごとに適正な功績倍率は異なり、適正か否かは、実態に基づいて実質的に判断されます。役員退職金額が、無制限に法人の損金に算入できるとすると、退職金額を不当に過大にすることにより損金額を増やし、利益調整ができることになるので不当です。

そこで、法人税法36条や法人税法施行令72条の2のような規制が設定されているのです。

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