この取引は、誰の取引?

1 民法から見た法律関係と、税法から見た法律関係が必ずしも一致するとは限りません。
税法は、実態課税の原則が重視されるので、法律行為(平たく言えば取引)の経済的効果が誰に及んでいるかという観点から、現実に即した解釈や事実認定がなされます。

2 取引の主体であると判断された法人は、その取引の経済的効果について、事業年度において益金や損金に算入する経理処理をし、所得に対応した納税をする義務があります。
そこで、取引主体が誰なのか、という点が争点となるケースが少なくありません。
今回は、前任の代表取締役が行った取引について問題となったケースを、カスタマイズしてお話しします。

3 なお、本件においては、事件が大きく2つに分かれているので、それぞれ「事件1」、「事件2」として、紹介いたします。

1 基本となる事実関係について、ご紹介します。
X社は、建築設備業等を事業とする株式会社です。
Aは、X社の前の代表取締役でしたが、X社において発生したトラブルの責任を取って代表取締役を辞任し、その後は、X社の平取締役として、X社の工事の受注、施工などの業務に従事していました。
Aが代表取締役を退任した後は、BがX社の代表取締役に就任し、現在に至ります。

2 事件1の内容について、紹介いたします。
C社は、X社に対し、中学校の校舎の建築工事を発注し、X社はこれを受注しました(以下「本件建築工事」といいます)。
X社は、本件建築工事の代金を、その益金の額に算入していました。
これは、本件建築工事の主体がX社であることを、X社自身が認めていたことを意味します。なお、本件建築工事の受注や施工については、AがX社側の担当窓口を務めていました。

3 前述のように、Aは、X社の代表取締役を辞任し、平取締役になりました。
その後の事ですが、C社は、本件建築工事の追加工事(以下「本件追加工事」といいます)を発注しました。
ここで問題となったのが、本件追加工事の受注者が誰なのか、という点でした。
つまり、本件において、Aが個人名で本件追加工事代金の請求書をC社に発行し、C社がこの代金をA個人名義の銀行口座に振り込んで支払ったのです。
要は、Aが、本件建築工事におけるX社の担当窓口であった立場を悪用して、C社の代表取締役であるD(AとDは、長年の交流がありました)に依頼し、C社の本件追加工事代金を、A個人名義の銀行口座に振り込んでもらい、それをAが個人的に浪費してしまったのです。

4 X社の現在の代表取締役であるBは、本件追加工事について、Aから報告を受けておらず、知りませんでした。
X社は、本件追加工事の代金を、その益金に算入せずに所得を計算して申告をしたため、本件追加工事の代金を益金に算入する更正処分が行われました。
これに対し、X社は、X社が本件追加工事の受注主体ではなく、その工事代金をX社の益金に算入するのは不当であると主張して、バトルがスタートしました。

5 この点、国税不服審判所は、3項のような事情があったとしても、本件追加工事の受注主体はX社であり、その工事代金はX社の益金になるという判断を示し、X社の主張を否定しました。
その理由としては、以下の2点が挙げられると考えられます。

・まず、本件追加工事が、本件建築工事に付随して行われた一連の工事であり、全体として一体と評価されるものという大前提があります。
とすれば、本件建設工事をX社が受注したのであれば、特段の事情が無いのに、本件追加工事をA個人が受注した、と分けて考える合理的理由はありません。
たしかに、本件追加工事については、A個人名義の請求書が発行され、A個人名義の銀行口座に代金が入金されました。
しかし、Aは、代表取締役を辞任した後も、X社の取締役として、X社の工事の受注や施工などの業務に従事しており、X社の事業と無関係ではありませんでした。
このような点から、Aが本件追加工事の代金を着服したなどということは、X社の内部的な管理の問題であり、経済的・実質的に見れば、X社が、本件建築工事に連続して本件追加工事も受注したと評価すべきことになります。
したがって、X社が、本件追加工事の主体である以上、その代金はX社の益金に算入されることになるので、更正処分が適法という判断につながりました。

・次に重視されたのは、本件追加工事の発注者であるC社の認識です。
本件においては、C社の代表取締役であるDに対する調査が行われました。
Dは、本件追加工事は、本件建築工事に引き続くものとして、X社に発注したという認識であり、X社の担当窓口であるAより、A名義の請求書に基づいてA個人の口座に代金を振り込んで欲しいと依頼されたので、それに従ったに過ぎないと説明しました。
Dとしては、AがあくまでX社の担当窓口という立ち位置に過ぎず、X社と取引したという認識を明確にしたのです。
取引・契約の一方当事者であるC社が、このような認識であった以上、X社が本件追加工事の受注主体であると考えるのが、自然かつ合理的です。
この点も、国税不服審判所の判断の理由となりました。

1 以上のように、X社として、本来益金に計上するべき本件追加工事代金を計上していなかったので、この点についての更正処分は、適法になります。

2 なお、この実例では、X社に対し、重加算税の賦課決定処分がなされました。
以前よりご紹介している通り、法人が、事実を仮装または隠ぺいして、実際とは異なる法人税額を申告した場合、重加算税の賦課決定処分がなされます(国税通則法68条1項)。
本件において、本件追加工事代金をX社の益金に算入する必要があるのに、A個人名義の請求書を発行して、A個人の銀行口座に本件追加工事代金を入金させたことなどから、事実の仮装・隠ぺいがあったと判断されました。
これに対し、X社が、事実の仮装・隠ぺいはなかったと主張したことから、重加算税の適否が問題となったのです。

3 この点、国税不服審判所は、重加算税の要件である「仮装・隠ぺい」をした者の範囲について、「法人の代表者に限定されず、その役員または家族等で、法人の経営に参画し、法人の申告行為に相当の権限を有していると認められる者」を指すとの判断を示しました。
つまり、このような立場にある人が、事実の仮装・隠ぺいをした場合には、たとえ代表者が事情を知らなかったとしても、法人に対する重加算税の対象になります。

4 本件では、B自身は、Aの一連の行為を認識していませんでした。
そこで、本件では、Aが、「法人の役員または家族等で、法人の経営に参画し、法人の申告行為に相当の権限を有していると認められる者」に該当するかが、争点になったのです。

5 本件追加工事が発注された時点では、Aは既に代表取締役を辞任していました。
後任の代表取締役であるBは、Aが不祥事の責任をとって代表取締役を辞任した経緯から、小口の工事の受注及び施工以外の業務はAの裁量に委ねず、Bの承認を要することにして、Aの業務の範囲を限定していました。
また、Aは、X社の取締役でしたが、会社の経理や資金の管理には関与しておらず、Aに経理や申告行為に関する権限は、認められませんでした。

6 このような点から、国税不服審判所は、Aについて、「法人の役員または家族等で、法人の経営に参画し、法人の申告行為に相当の権限を有していると認められる者」には当たらないという判断をしました。
そこで、Aが、個人名義の請求書を発行して、本件追加工事代金をA個人の銀行口座に送金させたとしても、代表取締役であるBが事情を知らなかった以上、X社自身が、事実を仮装・隠ぺいして、実際と異なる法人税額を申告したということにはなりません。
したがって、X社に対する重加算税の賦課決定処分は、要件を満たさないので、取り消されることになりました。

四 

なお、事件1を整理すると、X社がC社から本件追加工事を受注したことになるので、その工事代金は、X社が受け取るべきことになります。
しかし、実際には、Aが、本件追加工事代金を自己名義の口座に送金させ、自分で使ってしまいました。
そこで、Aが着服したとしても、X社としては、Aに対し、着服額について損害賠償請求権を有することになります。
そして、この損害賠償請求権の益金算入時点については、これまでのブログでご紹介してきましたので、振り返っていただければと思います。

五 

紙面の都合上、事件2については、次のブログにてご紹介いたします。

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