一
1 法人の資産には、様々な形態がありますが、ここでは、繰延資産について取り上げます。
2 繰延資産は、法人が支出した費用のうち、支出したサービスや品物の効果が1年以上に及ぶもので、資産として処理したものをいいます。
法人が費用として支払うお金の中には、既に支払い済み、または支払い義務が確定した後に、長期間にわたり収益を上げ続けるものがあります。
典型例としては、開業費(法人の設立から実際に事業を開始するまでにかかった費用)や、開発費(新技術の開発や新市場の開拓などにかかった費用)などがあります。
3 繰延資産は、本来、費用に分類されるものですが、将来にわたって効果があることから、一時的に資産として計上することになります。
つまり、繰延資産は、いったん資産として計上してから、所定の期間にわたって償却することで、費用化していくことになります。
二
1 このように、繰延資産に該当すれば、償却により損金に算入できるので、繰延資産に該当するか否かは、重要なポイントになります。
2 この点、「資産の取得に要した金額とされるべき費用及び前払費用」は、繰延資産に該当しません(法人税法施行令14条1項)。
つまり、「資産の取得価額」については、「繰延資産」に該当しません。
3 そして、「資産の取得価額」は、その資産の購入代価(必要諸経費も含みます)、及び、その資産を法人の事業に使うために直接必要となる費用額の合計額をいいます(法人税法施行令54条1項1号)。
4 このように、「資産の取得価額」に含まれるか否かが、判断基準となっております。
以下、この点が問題となったケースについて、実例をカスタマイズしてお話いたします。
三
1 X社は、ゴルフ場やホテルなどを経営する株式会社です。
A社とB社は、ともにホテル事業とゴルフ場事業を運営していましたが、両社について破産手続開始決定がなされ、両社の破産管財人にC弁護士(以下「C管財人」といいます)が選任されました。
2 C管財人は、A社及びB社のホテル・ゴルフ場事業(以下「本件事業」といいます)を、X社に対して、以下の条件で、譲渡しました(以下「本件事業譲渡」といいます)。
① 譲渡資産は、譲渡日現在において、C管財人が保有する本件事業に関する一切の資産(棚卸資産及び未収年会費以外の流動資産を除く)とする(以下「本件譲渡資産」といいます)。
② 譲渡日は、平成17年5月27日とし、その日をもって本件譲渡資産を、X社に譲渡する。
③ 譲渡代金は、510,000,000円とする。
④ X社は、譲渡日時点でC管財人が負担している債務を、承継しない。
⑤ 平成17年1月1日以降に発生する本件譲渡資産に関する固定資産税のうち、譲渡日以降の分についてはX社の負担とし、譲渡日において、X社の負担する固定資産税相当額(以下「本件固定資産税相当額」といいます)を、C管財人に支払う。
3 X社は、上記の⑤に基づいてC管財人に支払った本件固定資産税相当額を、繰延資産に当たるとして、損金の額に算入しました。
そして、税務署長側が、この損金算入を否認する更正処分をしたことから、バトルがスタートしました。
四
1 前述のように、本件での判断基準は、本件固定資産税相当額が、「資産の取得価額」に該当するか否か、という点にあります。
2 この点、地方税法343条及び359条に規定されているとおり、固定資産税は、毎年1月1日時点で固定資産課税台帳に所有者として登録されている人に対して課せられる税金です。
つまり、1月1日以降に不動産が売買され、所有権者が変更になったとしても、固定資産税の納税義務者は変動しません(売却後であっても、1月1日時点で固定資産課税台帳に登録されていた人が、引き続き納税義務者です)。
3 確かに、実際の不動産売買においては、譲渡日を基準にして、基準日以降の固定資産税相当額を精算し、買い受け人がこれを負担するというケースが多いと言えます。
しかし、それは、あくまで売主と買主が合意によって取り決めた売買の取引条件の一内容に過ぎません。
売買により不動産の所有者が変更しても、譲渡基準日以降の固定資産税の納税義務者が買主に変更するという、税法上の効果は発生しないのです(別に、固定資産税の負担を精算せず、売り主が全部負担するという不動産売買も成立しえます)。
4 以上の点から、国税不服審判所は、X社がC管財人に支払った本件固定資産税相当額は、納税義務に基づいて固定資産税を支払ったのではなく、C管財人から本件譲渡資産を取得した代価の一部であり、「資産の取得価額」に該当すると判断しました。
5 本件固定資産税相当額が「資産の取得価額」に含まれる以上、それを繰延資産として処理することはできません。
支払った費用が「繰延資産」なのか、「資産の取得価額」なのかの判断は、費用を支払う法的義務の根拠を慎重に検討する必要があるのです。
この点の検討を煩わしいと思う税理士先生は、ぜひ弁護士との協同をご検討ください。
五
1 なお、本件においては、土地賃貸借契約に伴う負担金の額を損金に算入できるかという点も問題になったので、実例をカスタマイズしてお話いたします。
2 本件事業の用地は、A社及びB社の所有地だけでなく、D市の市有地(以下「本件市有地」といいます)も含まれていました。
つまり、A社及びB社は、本件市有地について、D市と土地賃貸借契約を締結していたのです(以下「本件賃貸借契約」といいます)。
3 本件事業譲渡をするということは、本件賃貸借契約の賃借人がX社に変更するので、賃貸人であるD市の承諾を得る必要があります(民法612条1項)。
そこで、X社は、D市と交渉し、以下のような内容の合意をしました(以下「本件合意」といいます)。
① D市は、本件事業譲渡により、本件賃貸借契約の賃借人をX社に変更することを承諾する。
② X社は、①の承諾の対価として、1億円を負担する(以下「本件負担金」といいます)
D市は、本件負担金を、X社に返還する義務はない。
③ 賃貸借契約の期間は20年間とし、X社はD市に対し、年額1000万円の賃料を支払う。
4 前述のように、本件事業譲渡は、D市から見れば、賃借権の譲渡に当たるので、X社が本件事業を開始するには、本件負担金を支払って、D市の承諾を得る必要がありました。
そこで、X社は、本件負担金の額を、「開業費」に該当すると考え、損金に算入したのですが、税務署長側がこれを否認する更正処分をしたことから、バトルがスタートしました。
六
1 前提として借地権は、「減価償却資産」には当たらないので、償却できません。
つまり、「借地権の取得価額」に含まれる費用については、そもそも繰延資産という概念に合致しないので、損金に算入することはできません。
2 ここにいう「借地権の取得価額」には、借地権を法人の事業に使うために直接必要となる費用額を含む、と国税不服審判所は判断しました。
そして、前述のように、D市の承諾が無ければ、無断転貸(民法612条1項)になるので、X社が本件賃貸借契約に基づく借地権を取得するためには、D市の承諾を得るために、本件負担金を支払うことが必須でした。
3 この点から、本件負担金は、X社が本件事業のために借地権を取得する上で、直接必要となるものである以上、「借地権の取得価額」に該当し、損金に算入できないと結論付けられたのです。
4 本件負担金についても、何のために支払う必要があったのかを深掘りして検討する必要がありました。
事業を始めるのに必要だからといって、安易に「開業費」に当たると考えると、損金算入が否認されて、トラブルになるリスクがあります。
このようなリスクを避けたい税理士先生は、ぜひ弁護士との協同をご検討ください。