一
1 このブログは、弁護士の立場から見た税法に関する諸問題を取り上げているので、税法そのものの解説本とは一味違った特徴を出そうと心がけています。
2 税法を適用すると言っても、まずはその前提となる事実関係を正確に認定する必要があります。
当事者の主観的意見や憶測ではなく、証拠に基づいて客観的事実が認定されて初めて、「では、税法を実際にどのように適用しましょうか」という話になります。
その意味で、税法の議論の前哨戦として、課税処分の対象となる事実関係が証拠により裏付けられているか、という点でバトルになるケースも少なくありません。
3 今回は、更正処分の理由となる事実が認定できるかというケースについて、実例をカスタマイズしてご紹介いたします。
二
1 X社は、衣料品の小売業を事業とする株式会社です。
X社は、取引先であるY社から商品を仕入れ、その仕入れ価格を売上原価として、事業年度の損金の額に算入していました。
2 これに対し、税務署長側は、X社とY社との取引金額の一部に架空の仕入れ(以下「本件仕入れ」といいます)があると指摘し、本件仕入れを損金の額に算入しないという更正処分とともに、国税通則法68条1項に規定される重加算税の賦課決定処分をしました。
3 X社は、本件仕入が架空ではないと主張し、審査請求をして、バトルが始まりました。
三
1 そもそも、X社として、実際にY社から商品を仕入れていなかったのであれば、その仕入れ価格を支払っていない以上、損金に算入できないのは当然です。
架空の経費をでっち上げて、それを損金に算入し、課税対象の所得を減らすというのは、脱税の典型的な手口といえます。
このような事実が真実と認定されたら、「隠ぺい又は仮装」があったとして、重加算税が課せられたとしても、やむを得ない状況です。
その意味で、本件は、税法の解釈そのものについて争われた事案ではありません。
2 争点は、「本件仕入れが架空だった」ということを裏付けられるか、という立証の問題となります。
この点、そもそもX社とY社が一切取引関係になく、Y社から商品を仕入れた実績が無かった、という場合には、本件仕入れが架空だったという疑いが強くなります。
しかし、本件では、以前より、X社は、現実的にY社から商品を仕入れ、実際にその代金も支払うという取引があったことが、税務調査でも裏付けられていました。
3 税務署長側は、実際の仕入れと架空の仕入れが混在しており、このうち架空の仕入れ分については、損金算入できないと主張しました。
税務署長側の主張としては、
① X社の代表取締役であるAが、Y社に対し、正規の取引とは別の納品書をX社に発行するように依頼した。
② X社が、Y社に対し、正規の納品書と架空の納品書の金額を合計した金額を支払った。
③ Y社は、架空の納品書については、通常の取引では使用しない品番を記載し、納品書控えに「✕」と記載するなどして、区別していた。
④ X社がY社に本件仕入れの代金を支払った後、AがY社に赴き、架空の仕入れの代金を現金で受領した。
四
1 これに対して、X社側は、本件仕入れは実体があり、架空ではないと主張し、全面的に争いました。
2 前述のように、本件において、X社とY社との間で実際の取引があったという点が、ポイントになります。
つまり、Y社からX社に商品を送付したことを示す運送業者の送り状が残っていたり、X社の期末商品棚卸表にY社から仕入れた商品が在庫商品として記載されていたり、Y社から仕入れた商品の写真が残っていたりするなど、全くの架空の取引ではありませんでした。
3 このような場合、税務署長側として、取引の一部が架空仕入れだと主張するのであれば、架空である部分を特定する必要があります。
の上で、特定した部分が架空取引であったことを、証拠に基づいて具体的に立証しなければならないと、国税不服審判所は判断しました。
4 本件で、税務署長側の主張によれば、X社は、Y社に対し、正規の仕入れと架空の仕入れの額を合計して支払い、その後、Y社が、Aに返金したとのことです。
そうであれば、Aが、いつ、どのような方法により、いくら返金を受けたのかなどの具体的事実を、証拠により立証する責任が、税務署長側にあります。
しかし、本件で、税務署長側は、その立証責任を果たすことができませんでした。
5 架空の取引については、通常使用されない品番が記載されていた、という税務署長側の主張に対しては、「通常の取引の商品番号の続き番号になっており、架空の商品番号であることが明らかとまではいえない」と判断されました。
また、架空の取引の納品書には、「✕」が記載されていた、という税務署長側の主張に対しては、「あくまで、Y社内部の控え資料に手書きで加筆されていたものであり、証拠としての信用性に疑問が残る」という判断がされました。
五
1 そして、最終的に、X社のY社からの本件仕入れのうち、架空の部分を特定した上で、それが架空であることの立証がないので、全体について、正規の仕入れ代金として、X社の損金に算入されたのです。
2 そして、本件仕入れが架空でない以上、「隠ぺいまたは仮装」ということもあり得ないので、X社に対する重加算税の賦課決定処分も取り消されました。
3 架空仕入れをでっち上げて、それを損金に算入し所得を減らすという悪質な脱税行為は、もしその通りの事実認定がなされた場合、重加算税だけでなく、場合によっては刑事事件にもつながる、一大事です。
そこで、そのペナルティーを含む処分が納税者に与える影響を考慮し、その分慎重に、証拠に基づく事実認定が行われるのです。