一
1 固定資産を売却した結果、帳簿価格より安くしか売却できなかった場合、その差額は損金に計上されるのが原則です。
2 しかし、売却した固定資産の種類・性質によっては、実体のある売却処分だったのかが争われて、損金算入が否認されるケースもあります。
実際にこの点が争われた実例をカスタマイズして、お話いたします。
二
1 X社は、機械工具の販売業を営む株式会社です。
X社は、バブル経済という当時のトレンドに乗っかり、平成元年11月29日に、Y社の運営するゴルフ俱楽部(以下「本件ゴルフ倶楽部」といいます)の会員権(以下「本件会員権」といいます)を取得しました。
2 X社は、入会登録金500万円、入会保証金(預託金)2,000万円の合計2,500万円を支払って、本件会員権を取得しました。
バブル経済という時代背景を如実に反映した高値で、本件会員権を取得したと言えるでしょう。
3 本件会員権は、預託金会員制の法人正会員でした。
つまり、本件会員権の証書には、預託金について、証書発行の日から10年間の据置期間経過後に、証書と引き換えに2,000万円が返金されると記載されていました。
三
1 X社は、平成8年9月20日に取締役会において、X社の代表取締役であるAに対し、本件会員権を、代金150万円(当時の税率による消費税相当額43,689円を含む)で譲渡する決定をしました(以下「本件会員権譲渡」といいます)。
そして、Aは、この代金を実際にX社に支払いました。
なお、本件会員権譲渡当時、本件ゴルフ倶楽部では、会員権の名義書換手続きが停止されていました。
2 X社は、本件会員権を、代金1,456,311円(150万円から、当時の税率による消費税43,689円を差し引いた額)で、Aに対して売却しました。
本件会員権の帳簿価格が2,500万円でしたから、X社は、本件会員権譲渡により、23,543,689円の損失を出したことになります。
X社が、この金額の損失を、固定資産売却損として損金に計上したところ、税務署長側が、この損金計上を否認する更正処分をしたことにより、バトルが発生しました。
3 税務署側としても、売却損が多額であり、損金計上を認めると、X社の所得額に多大な影響を与えることから、この点を厳格に考えたのだと推察されます。
四
1 税務署長側の主張は、本件会員権譲渡が、法的に無効であり、譲渡によるX社の損失は発生していないので、それを損金に算入できないというものでした。
以下、税務署長側がこのように主張した理由について、ご紹介します。
2 主な理由としては、以下のものがありました。
① 本件ゴルフ倶楽部の規約には、「本件ゴルフ俱楽部の理事会の承認」が会員権譲渡の条件になっており、本件会員権譲渡については、この承認が無い。
② X社とAとの間で、本件会員権譲渡についての売買契約書が作成されていない。
③ 本件会員権については、10年の据置期間満了後に請求をすれば、2,000万円が返金される約定になっており、X社が、本件会員権を緊急に売却すべき必要性は無かった。
④ 本件会員権譲渡後の平成11年9月に、本件会員権を分割する手続きをした際、分割後の本件会員権の名義人をAに書き換えることができたのに、それをせず、X社の名義のままにしていた。
3 税務署長側は、以上の理由により、本件会員権譲渡が、実体のある有効な取引と言えず、それによって税法上の損が出たとは評価できないので、X社の損金算入を否認したのです。
五
1 この実例において、国税不服審判所は、税務署長側の主張する理由を一つ一つ丁寧に潰し、X社に対する更正処分を取り消しました。
税務署長側の言い分が、ここまで丁寧に潰されるというのも、珍しいのではないかと個人的には思います。
以下、国税不服審判所の判断について、ご紹介します。
2 ①について
国税不服審判所は、「本件ゴルフ倶楽部の理事会」の承認は、本件ゴルフ倶楽部に対する対抗要件であり、売買当事者間では、本件会員権譲渡が法的に有効であるとの判断を示しました。
つまり、理事会の承認が無い場合、本件会員権を譲り受けたAは、対抗要件を備えていないので、自分が本件会員権の権利者であることを、本件ゴルフ倶楽部に主張できません。
しかし、譲渡人であるX社と譲受人であるAとの間では、本件会員権譲渡が法的に有効であり、譲渡契約に基づく債権・債務関係が発生するのです(その結果、Aは、本件会員権の代金をX社に支払っています)。
国税不服審判所の考え方の背景には、一般的に、ゴルフ会員権の譲渡の場合、「理事会の承認が必要」という条件が規約で付されているのが通常だけれども、実務上、名義書換手続きを省略し、譲渡に必要な書類を添付した上で証書を交付して、自由にゴルフ会員権が売買され、取引されている実態があります。
税務署長側のロジックによれば、理事会の承認が無い以上、売買・取引行為自体が無効という結論になりますが、それはあまりに非現実的です。
このような実態を重視し、名義書換をしていないのでゴルフ会員権譲渡の事実をゴルフ場運営会社に対抗できないが、だからといって、当事者間で譲渡の事実が無かったということにはならないと、国税不服審判所は明確に判断しています。
3 ②について
この理由は、さすがに弱いと言わざるを得ないと思われます。
そもそも、契約書が作成されない売買・取引などいくらでもあります。特に、Aは、X社の代表取締役であり、内々の関係ですから、あえて売買契約書を作成していなかったとしても、本件会員権譲渡の実体を疑わせるほど不自然とは言えません。
本件では、X社の取締役会において、X社からAに対して、本件会員権を、代金150万円で譲渡する決定がなされ、その議事録も残っています(AはX社の取締役なので、本件会員権譲渡は利益相反行為に当たり、会社法365条1項、会社法356条1項2号で、取締役会の承認が必要です)。
したがって、契約書そのものが無いとしても、ここまで客観的な間接証拠があれば、本件会員権譲渡の実体が認められます。
4 ③について
X社は、投機目的で、バブル時代の平成元年に本件会員権を取得しました。その時点では、景気が良かったので、本件会員権の価値も増し、10年間の据置期間が満了すれば、預託金2,000万円が返金されるという話も、信用できたのでしょう。
しかし、その後のバブル崩壊の影響により、Y社の経営が危ぶまれ、据置期間が満了しても、2,000万円の預託金が返金されない懸念が高まりました。
本件会員権譲渡時点においては、相当数のゴルフ場が経営危機で破綻するリスクがあるとの報道もあり、据置期間が満了しても預託金が満額返金されないどころか、法的整理に及んだ場合には、大変な損失になるので、早急に本件会員権を売却する必要性がありました。
税務署長側は、Y社の経営危機により預託金が返還されないというリスクを軽視し過ぎていると言わざるを得ません。
確かに、平成元年に2,500万円で取得した本件会員権を、平成8年9月20日にAに対して150万円で譲渡することは、価格が安いと言えるかもしれません。
しかし、X社が、平成8年9月頃に、複数のゴルフ会員権取扱い業者に打診したところ、本件会員権の相場は、150万円程度が適正との回答を得られました。
そして、X社は、社内外で本件会員権の購入希望者を募りましたが、誰も買い手がいませんでした。
また、X社としては、自社の決算書の正確性・真実性という観点からも、本件会員権を譲渡する必要がありました。
つまり、X社の決算書には、実際には150万円しか経済的価値の無い本件会員権について、2,500万円の帳簿価格のある資産として載っていることになります。
したがって、真実の財産的価値を決算書に反映させるためにも、本件会員権を、その時点での適正相場にて処分する必要があったのです。
以上の経緯があったからこそ、X社は、本件会員権を、150万円でAに譲渡しました(Aしか譲り受ける人がいませんでした)。
このように考えれば、本件会員権譲渡の価格は、「不当に」安いとは言えません。税務署長側のロジックは、上記の経緯を看過するものです。
5 ④について
この点についての税務署長側の主張も、形式的と言わざるを得ません。
上記の経緯にあるとおり、Aとしては、欲しくて本件会員権を譲り受けたわけではありません。
本件会員権譲渡後に、本件会員権は5口に分割されました。個人であるAが、5口もゴルフ会員権を保有することは現実的に考えにくく、すぐに第三者に売却することが見込まれました。
税務署長側は、「Aへの名義書換手続きが可能だったのにしなかった」と主張していますが、名義書換手続きにも相当額の事務手数料が必要になります。 また、5口ともA名義になったら、5口分の年会費を支払う必要すらあります。どうせ近日中に処分するのに、わざわざ相当額の事務手数料や年会費を払って名義変更するという方が、不自然と言えます。
実際に、名義書換料を回避するために、中間省略による名義書換も行われている現状を考えると、「本件会員権の分割の際にX社からAに名義書換をしなかった」ことをもって、「X社からAに対する本件会員権の売買に法的効力が無い」と主張するのは、論理の飛躍というべきです。
六
1 その他にも、本件会員権の証書類が、実際にX社からAに引き渡されていること、本件会員権譲渡後はAが本件会員権の年会費を支払っていたことといった、実体のある会員権譲渡だったことを示す間接事実もありました。
このような点から、国税不服審判所は、本件会員権譲渡による固定資産売却損を、譲渡時点の事業年度の損金に算入するという判断をしたのです。
2 損金算入額が大きいと、税務署長側としても厳しくチェックをしますが、きちんとロジックを構成して、慎重に間接事実を積み上げていけば、税務署側の攻撃を撃退できることを示す好例であると思います。