従業員の不祥事と会社の税法上のリスク

税務調査をきっかけに、従業員の不祥事が発覚することが、頻繁にあります。
税務調査において使途不明のお金を指摘されて、従業員による横領が発覚したり、在庫品・貯蔵品不足を指摘されて、従業員による窃盗が発覚したりするなど、枚挙にいとまがありません。
従業員の不祥事が発覚した場合、従業員に対する懲戒処分といった労務の問題、従業員に対する損害賠償請求といった民事の問題、不祥事が犯罪行為の場合の刑事告訴といった刑事事件の問題が発生すると考えられますが、税法の問題も無視できません。
以下、実例をカスタマイズして、お話いたします。

1 X社は、印刷の請負や製本などの事業をしている会社で、Aは、X社の工場において生産管理課長をしていました。

2 X社では、お客さんから無料で紙を支給してもらい、その紙に印刷したり製本したりして、お客さんに納品するという事業をしていました。
作業をする上では、印刷が失敗することもあるので、X社では、本来必要な枚数よりも多い紙を、無料でお客さんから支給してもらっていました。
そして、想定より印刷の失敗が少なく、結果的にお客さんから無料で支給された紙が使用されずに余ることがありました。
1回の取引で余る紙は少なかったとしても、「塵も積もれば山となる」というとおり、全体の合計でみれば、余った紙が相当額の財産的価値を持つようになりました。これは、X社の財産になります。

3 Aは、X社の工場で保管していたこの余った紙を、無断でY社に売却してしまいました。
そして、Aは、余った紙の売却代金について、Y社から現金で受け取り、個人的な遊興費に使ってしまいました。

4 X社に税務調査が入った際、この余った紙がY社に売却されていたことが判明し、Aの不祥事が発覚しました。
Aは、X社の財産である余った紙を無断でY社に売却し、その代金を個人的な遊興費に使ったとして、X社から懲戒解雇されました。

1 税法上の問題としては、Aが、X社の財産である余った紙をY社に売却したことによる収入が、X社の売り上げに当たるか否か、という点です。
確かに、X社からみれば、お客さんから無料で支給された紙が余ったわけであり、X社が紙を購入したわけではありません。
そして、X社の従業員であるAが、無料で取得したX社の紙をY社に売却して代金を得たわけですから、収益は発生しています。
この収益を、X社の売り上げと評価するのか否か、が大きな問題となります(X社の売り上げに当たるとなると、それが課税対象になるので、問題となるのです)。

2 本件は、国税不服審判所の裁決例をカスタマイズしていますが、不服審査請求においても、課税処分取消訴訟においても、法的判断には、特徴があります。
つまり、最初に判断基準となる要素を列挙し、その上でその要素を具体的な事案に当てはめ、当てはめた結果の事実を評価して、最終的な結論を判断するという方法です。
ちなみに、司法試験では、このような方法で文章がロジカルに書けているか否かで、受験生の答案が採点されています。

3 本件の場合、X社の売り上げと評価されるか否かは、①取引を行った従業員の地位・権限、②その取引の態様、③X社の事業内容、④取引の相手方の認識などを総合考慮して判断する、と国税不服審判所は指摘しています。
これが、先ほど述べた判断基準要素の列挙であり、以下、本件の具体的事情について、①~④の要素を当てはめ、その結果を評価し、結論を判断するのです。

4 ①について、Aは、X社の経営に関与する幹部のような立場ではなく、余ったX社の紙を保管・管理する業務をしていたわけでもありませんでした。そして、Aには、自分の判断で余った紙を売却する権限もありませんでした。

5 ②について、Aは、本件が発覚しないようにするため、余った紙に関する社内書類を一切作成せず、紙を搬出する担当者に対しても口頭で指示していました。
また、Aは、余った紙を売却するにあたり、X社の目につかないよう、社外でY社の責任者と会って話をし、売却代金も現金で受領して、X社の入金履歴に残らないようにしました。

6 ③について、X社は、印刷の請負や製本などの事業をしていましたが、紙を販売して収益を上げるという事業は一度もしたことがありませんでした。
だから、本件に限り、一回的に、X社が紙を売却して収益を上げようとしたとは考えにくいといえます。

7 ④について、紙を購入したY社の責任者は、Aから、「安い紙が入るが、X社では買えない紙なので、Y社で買いませんか」という話を持ち掛けられており、「どこかの紙屋さんが在庫処分する紙を現金取引するもの」と認識していました(X社の紙を買うとは、認識していませんでした)。

8 したがって、①~④の要素を分析し評価すると、本件のAによる紙売買は、Aの職務及び権限の範囲を逸脱しており、X社の事業の一環として行われたとは評価できず、しかも、Y社としてもX社の紙を買ったという認識が無い以上、本件の紙売却の収益は、X社の売り上げには該当しない、と結論付けられたのです。

1 もっとも、本件では、もう一つ難しい税法上の問題があります。
つまり、Aが、X社の所有物である紙を無断で売却し、その代金を個人的な遊興費に使ったということですから、X社としては、Aに対して、不法行為に基づく損害賠償請求権(民法709条)を有することになります。
そこで、X社としては、Aに対する損害賠償請求権について、X社のどの事業年度の益金の額に算入しなければならないのか、という問題が発生するのです。

2 まず、一般論として、金銭債権の場合、その金銭債権が確定した時点での事業年度の益金の額に算入することになります。

3 もっとも、不法行為に基づく損害賠償請求権の場合には、特別の配慮が必要です。
つまり、不法行為に基づく損害賠償請求権の場合、不法行為が起こったことは確定したとしても、加害者が判明せず、誰に賠償請求してよいか分からないという事態も想定されます。
あるいは、不法行為が起こり、加害者は特定できたけれども、被害額(損害額)が把握できていないので、いくら賠償請求してよいか分からないという事態も、十分に考えられます。

4 そこで、不法行為に基づく損害賠償請求権の場合、通常の判断能力を有する一般人を基準にして、不法行為が起こり、加害者と損害額が特定され、実際に損害賠償請求ができるような客観的状況になった時点で、その時点の事業年度の益金に算入するということになっています。

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