一
事業をしていると、取引先などから、様々な名目で、社長個人に対して、金品が渡されることがあります。もちろん、社会常識に照らして相当な範囲の贈答品の場合は問題ないのですが、現金を受け取るという場合には、注意が必要です。
実例をカスタマイズして、お話しさせていただきます。
二
1 X社は、運送会社であり、トラックを何台も保有しています。Aは、X社の代表取締役です。
2 Aは、ちょうど個人の自宅を新築するところだったのですが、トラックのディーラーであるY社から、新築祝いとして、300万円の現金を受領しました。
この300万円について、A個人が領収書を出しました(領収書にX社の名前は出てきません)。
3 しかし、このような場合でも、税務署は、この300万円について、X社がY社から受領したお金であり、X社の収益に計上すべきであるとして、この収益を外した法人税の申告について、更正処分をしたのです。
社長であるA個人の自宅新築祝いとしてもらっており、しかも、A個人の名義で領収書も発行しているのに、それがX社の収益になるという結論を、不自然に思われるかもしれません。
しかし、この税務署のロジックについては、国税不服審判所でも認められました。つまり、実務上は、このロジックに基づいて課税処分がなされることになるので、このロジックの内容をしっかり理解しておく必要があると思います。
三
1 本件のポイントは、Aが運送業を営む会社の代表取締役であること、Y社が、トラックのディーラーであること、X社が過去にY社からトラックを購入するなど取引があったこと、という点です。
2 法的には、Y社がAに対し300万円を支払った目的、及び300万円という金額をどのように評価するかが、問題となります。
このような、証拠で認定された事実を、どうやって法律に当てはめ、評価するかという点は、弁護士の手腕が問われるところと言えます。
法的評価は、「誰の名義の銀行口座にお金が振り込まれたか」とか、「誰の名義の領収書があるのか」という形式論ではなく、「実質的な法律行為の決定主体は誰か」とか、「最終的に経済的利益を享受するのは誰か」という実質論に基づいて行われます。
3 確かに、本件においては、AがY社から、A個人の自宅の新築祝いとして300万円を受け取り、A名義の領収書があります。
しかし、本件において、A個人が、Y社からトラックや自動車などを直接購入したことはありませんでした。Y社からトラックを購入するなどしていたのはX社であり、Y社の得意先はX社となります。
Y社として、A個人と直接の取引は無く、X社と関係なくあえてA個人に対して新築祝いを贈る営業的意味はありません。しかも、過去に取引の無いAの新築祝いであれば、300万円は、社会通念上高額すぎます。
このように考えると、Y社が300万円を支払った目的は、過去にY社からトラックを買うなど取引のあるX社と、今後も継続して取引をしてもらうことを期待してのリベートであると評価されます。
つまり、法的評価としては、Y社が、これまでの取引のお礼と今後の取引継続をお願いするためのリベートとして、X社に300万円を支払うことにし、現金をX社の代表取締役であるAに渡した、ということになります。
4 したがって、Y社がAに渡した300万円の利益は、結局のところX社が享受することになるので、X社の収益として計上しなければならない、というロジックになります。
この点から、300万円を収益から除外した申告に対する更正処分は適法となるのです。
重要な点は、お金が受け渡しされた目的・趣旨や、そのお金の授受が最終的に誰の利益になるのか、といった点を、証拠に基づいて実質的・全体的に評価するという点にあると言えます。
四
1 このように、Y社の支払った300万円がX社の収益に当たるとすると、税法上もう一つ会社に不利益なことが、発生します。
つまり、Aが、Y社から「新築祝い」の名目で受け取った300万円を、本当にA個人の自宅の新築費用に使った、という場合が考えられます。
2 この点、前述のようにY社からの300万円がX社の収益に当たる以上、これを、X社の代表取締役であるAが個人的に使ったということになると、300万円が役員賞与(法人税法35条)に当たると認定されてしまいます。
3 役員賞与に認定されるということは
① 重加算税の対象になることが多い
② 法人税の追徴税額が発生する(これには、延滞税等の付帯税も同時に課せられます)
③ 役員賞与と認定された金額に対する源泉所得税が発生する
④ A個人についても、役員賞与に対応する所得税が発生する
といった大きなデメリットがあります。
五
先ほども述べましたように、「個人名義の銀行口座の振り込みだから」とか、「個人名義の領収書があるから」、という安易な発想で、取引先とお金のやり取りをするべきではありません。
実際の不服審査請求や、税務訴訟では、一つ一つ細かい事実を証拠に基づいて認定し、それらを実質的・全体的に評価して、「誰が実質的な決定主体なのか」とか、「最終的に利益の行きつく所は誰なのか」が判断されるのです。