一
今回は、過去の最高裁の判例が変更されたという珍しいケースについて、お話いたします。
二
1 前提として、被相続人が死亡して相続が開始し、複数の相続人がいる場合、共同相続人が、相続開始時点から、相続財産を共有することになります。
そして、共同相続人が、相続財産の共有状態を解消するためには、通常の共有物分割請求手続きによるのではなく、遺産分割手続きに基づくことになります。
2 この遺産分割手続きにおいては、寄与分や特別受益といった点も考慮し、各共同相続人の事情も個別に配慮して、具体的な相続分が決まり、共同相続人が個別に相続財産を取得することになります。
共同相続人間で合意が成立しない場合には、家庭裁判所が行う遺産分割調停・審判により、相続財産の取得方法が決定されます。
三
1 今回問題となったのは、被相続人が、金融機関に預貯金を残して亡くなり、相続が開始したケースです(以下「本件預貯金」といいます)。
2 この点、預貯金債権という金銭債権は、分割債権です。
これまでの判例によれば、本件預貯金が分割債権である以上、相続開始と同時に、法定相続割合に応じて自動的に分割されるとしてきました。
そして、本件預貯金が自動的に分割される以上、相続人全員の同意がない限り、遺産分割の対象とはならないという見解をとっていました。
3 しかし、実務上、共同相続人の一人が、本件預貯金のうち自分の相続分だけの払い戻しを金融機関に求めても断られ、相続人全員の合意が無ければ払い戻し等ができないという運用がなされていました。
共同相続人が多数いたり争いがあったりする場合、全員の合意を得ることは困難であると考えられます。
このような場合、本件預貯金が遺産分割の対象にならないとすると、その払い戻しを受けるためには、個別に金融機関に対し民事訴訟を提起するなど煩雑な手続きが必要になります。
4 また、遺産分割手続きにおいては、本件預貯金をもって、具体的な相続分の調整をすることが必要になります。
にもかかわらず、本件預貯金が遺産分割の対象にならないとすると、これを分割することで、相続分の調整が図れないという不都合も発生します。
三
1 そこで、最高裁判所平成28年12月19日決定において、これまでの判例が変更になりました。
つまり、共同相続された本件預貯金は、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象になるという判断を示したのです。
2 これにより、本件預貯金も、不動産などと同様に、相続全員の同意がなくても、遺産分割の対象となることになりました。
共同相続人が多数いたり、争いがあったりする場合、最終的には家庭裁判所の審判手続きで遺産分割が決まります。
現在では、各共同相続人が個別に金融機関に本件預貯金の払い戻し等を請求するのではなく、遺産分割手続きで取得する相続財産を決定することになります。
3 前述のように、遺産分割では、寄与分や特別受益も考慮され、共同相続人の個別の事情に配慮がなされるので、本件預貯金も遺産分割の対象に含める方が、より公平で現実的な解決が期待できるのです。
四
1 不動産が相続財産である場合、それを共同相続人で共有したり、現物を分割したりするのは現実的ではありません。
また、当該不動産が共同相続人の生活の場となっている場合、当該不動産を売却して代金を分割するという解決方法では、生活に困ってしまいます。
2 本件預貯金は、分割債権なので、不動産と違って小分けにして分配し、調整を図ることができます。
この判例変更により、実際にそこで生活している共同相続人が、相続財産である不動産を取得し、他の共同相続人は本件預貯金を取得するという遺産分割も可能になり、解決方法の選択肢が増えたことになりました。
五
1 相続財産が多額な人が遺産分割で紛争になるというイメージがあるかもしれませんが、実際にはそうではありません。
相続財産が、実家と本件預貯金少ししかないという場合、実家を売却しなければ、共同相続人の相続分をねん出できないというケースもあります。
2 遺産分割は、過去の経緯や人的関係があって、こじれるケースも少なくありません。そもそも、相続人全員の合意が得られるのであれば、遺産分割が紛争になることはありません。
3 最高裁の判例変更により、相続人の合意が無くても、本件預貯金が遺産分割の対象となり、本件預貯金を小分けに分配することにより、各共同相続人の具体的相続分を、公平に調整することができるようになりました。
この意味で、この判例変更は、実務上大きな意味があると考えられるのです。