一
1 ビジネス取引の契約書においては、暴力団等反社会的勢力を排除する条項(以下「本件排除条項」といいます)が盛り込まれているケースが多いと言えます。
反社会的勢力と取引しないことは、当然重要ですが、取引した後に反社会的勢力と関りがあったということが判明する場合も少なくありません。
2 そのような場合、本件排除条項を根拠にして、契約・取引を中止できるかが問題となります。
この点が問題となったケースについて、実例をカスタマイズしてお話いたします。
二
1 Y社は生命保険会社です。
Xは、Y社との間で、生命保険契約を取り交わしていました(以下「本件生命保険契約」といいます)。
本件生命保険契約には、本件排除条項が盛り込まれていました。
2 Xは、暴力団組員であるAのBに対する傷害事件について、Bに対し高圧的に被害届を提出しないよう求めたり、実際にAに対する被害届を出したBに嫌がらせをしたりしました(Xは暴力団組員ではありませんでしたが、組員であるAの友人でした)。
3 Y社は、かかる事態を受け、本件排除条項を根拠にして、Xとの本件生命保険契約を解除しました。
これに対し、Xは、この解除が無効であると主張して、本件生命保険契約上の契約者としての地位の確認を求める裁判を提起したのです。
三
1 Xは、本件排除条項を根拠にして生命保険契約を解除できるのは、保険金の不正請求を引き起こす高い危険性が認められる場合だけであって、本件におけるY社の本件生命保険契約解除は厳しすぎると主張しました。
2 確かに、例えば、暴力団員と幼馴染という関係で飲食を共にしていたというような場合でも、暴力団と関りのある反社会勢力として、本件排除条項が適用されるというのは、厳しすぎて不合理と言えます。
生命保険会社としては、保険金の不正請求を防ぐ目的で本件排除条項を盛り込んだわけだから、保険金の不正請求がなされる危険が認められる場合にのみ、本件排除条項による契約解除を認めるべきであると主張したのです。
四
1 しかし、そもそもの前提として、生命保険会社としては、単に保険金の不正請求を防ぐことだけを目的に、本件排除条項を設定しているわけではありません。
反社会勢力を社会から排除することが、社会秩序や安全性を確保する上で極めて重要な課題であり、生命保険業界の業務の適切性及び健全性を保つという社会的要請から、本件排除条項が盛り込まれています。
つまり、保険金の不正請求を防ぐ目的だけでなく、反社会勢力が活動しにくい社会にして、社会の安全を図るというのが、本件排除条項の究極の目的です。
したがって、保険金の不正請求の危険が認められない場合でも、本件排除条項に基づいて本件生命保険契約の解除を認めても良いはずです。
2 具体的には、
① 契約者自身が、暴力団など反社会勢力に該当すると認められること
② 反社会的勢力に対して資金等を提供するなど関与していること
③ 反社会的勢力を不当に利用していると認められること
④ そのた、反社会的勢力と社会的に非難されるべき関係を有していると認められること
に該当する場合には、本件排除条項に基づいて本件生命保険契約を解除することも許されると判断されるのです。
3 このような具体的な判断基準を設定しておけば、先ほどの例のように、たまたま暴力団員の幼馴染と飲食を共にしていたケースで、本件排除条項が適用されることも防げると考えられます。
五
1 本件において、X自身は暴力団員ではありませんでした。
しかし、Xは、暴力団員であるAの友人であるだけでなく、Aの刑事処分を免れるため、被害者Bに対して高圧的な態度で被害届を提出しないよう求めました。
しかも、その求めに反して被害届を出したBに対して嫌がらせ行為をしたXは、暴力団員であるAに加担して、非難されるべき反社会的行為をしたと評価できます。
2 したがって、Y社としては、保険金の不正請求の危険が認められなくとも、本件排除条項を根拠にして、本件生命保険契約を解除することができるのです。
六
1 反社会勢力が社会全般に与える不安や危険を考えると、その関与を排除するために、本件排除条項を契約書類に盛り込んでおくことは、ビジネス上の常識ともいえることと思います。
2 現実問題として、契約し取引を始めた後に、相手方が反社会勢力だったことが判明することも少なくないと思われます。
その場合には、上記の①~④の判断基準に照らして検討し、具体的な問題が発生する前に、本件排除条項を根拠に契約の解除・取引の解消をするべきであると考えられます。
3 もっとも、「反社会勢力らしい」という噂レベルで、本件排除条項を適用することはできません。
上記の①~④の判断基準に該当する事実が確認できるか、それを裏付ける証拠があるかを精査する必要はあります。