一
1 多くの会社では、賞与の支給方法、支給期日を事前に規定し、賞与の支給基準は、対象となる期間中の業務に対する従業員の査定に基づき、会社の裁量で決定されるとしています。
2 しかし、賞与査定のための従業員の評価について、会社が完全に自由に決定してよいわけではなく、採用の逸脱・濫用がある場合には、従業員の査定が無効になります。
3 この点が争われたケースについて、実例をカスタマイズしてお話いたします。
二
1 Y社は、医療器具の販売を事業内容とする株式会社であり、Xはその経理担当者でした。
2 Y社では、その代表取締役Aが接待交際に使った経費について領収書をXが受け取り、領収書の日付や出席者の記入がない領収書についてはXがAに確認を取り、経理処理してAに支払っていました。
Xは、Aの指示通りに経理処理をしており、かつ、顧問会計事務所、監査法人、Y社の内部統制部に定期的に報告をしていましたが、これまでにXの経理処理について問題点を指摘されたことはありませんでした。
3 そのような状況のもと、Y社に税務調査が入ったのですが、その際に、Aの出していた接待交際費の領収書の中に、Aの私的な飲食代金が混在していたことを指摘されました。
つまり、Xは、Aが出した私的な飲食代金の領収書を、本来の接待交際費の飲食代金と同様に経理処理していたのです。
その結果、Y社は修正申告をして、追徴課税をされることになりました。
4 Y社は、追徴課税された原因がXの経理処理にあるとして、その年のXの賞与を前年より30%減額しました。
これに対し、Xは、30%も賞与を減額するのは不当であると主張して、減額分の支払いを求める訴訟を提起したのです。
三
1 そもそも、Xは、経理担当者として、Aが、正規の接待交際のものとして出してきた領収書について、不備がある点はAに言われる通り記入して、事務的に経理処理しただけです。
Xが、その領収書が本当に経費である接待交際費によるものなのかをチェックする職責まではありません。現実問題として、従業員であるXが、代表取締役であるAに対して、「この領収書は、私的な飲食代金ではないですか」と問いただすことは、立場上困難でしょう。
2 しかも、Xは、長年にわたり、このような経理処理をして、顧問会計事務所、監査法人、及びY社の内部統制部に報告してきて、特に問題点を指摘されたことが無かったという事情も軽視できません。
Y社としては、今回の税務調査によって指摘される以前に、Aの公私混同に気づき、それを是正する機会があったわけです。
つまり、修正申告及び追徴課税の責任は、Y社側の統制システムにもあったのであり、にもかかわらず、その責任をXに転嫁するのは、あまりにアンフェアです。
3 このような点から、修正申告及び追徴課税を理由に、Xの賞与を減額することはできないということになります。
そして、Xは、前年度と同程度の仕事ぶりであり、特段マイナス査定となるような問題を起こしたこともありませんでした。
そこで、Xの賞与を30%も減額するY社の対応は、その裁量の逸脱濫用と評価され、減額された分の支払請求が認められたのです。
四
1 なお、本件では、Xが、修正申告及び追徴課税のことを責められ、定年間近だったのにY社を退職することになりました。
その際、Y社は、Xの自己都合による自主退職として扱い、会社都合による退職よりも低額の退職金しか支給しませんでした。
2 しかし、そもそも、XがY社を退職するに至った理由は、修正申告及び追徴課税のことを責められて社内に居づらくなったからです(Xは定年間近だったので、修正申告及び追徴課税の問題が無ければ、定年までY社で勤務し、退職金も満額受給する予定でした)。
このようにXが不本意ながら退職せざるを得なくなった理由が、Y社の裁量逸脱・濫用行為によるものですから、これをもって、「自己都合による退職」と評価することは、あまりにXに酷になります。
3 したがって、この場合、Xは、会社都合による退職という扱いになり、減額された退職金額も請求できるということになるのです。
いわば、Y社による事実上の退職強要であり、Y社側がXを退職するように仕向けたと評価されたのです。
五
1 賞与の額については、会社の裁量に委ねられているとはいえ、労働者の生活にダイレクトに影響を及ぼすものですから、その裁量にも限界があります。
特に、賞与を減額する場合には、どのような査定を根拠にして減額したのかについて、一定の合理的な理由が説明できる必要があります。
2 また、本件のように、賞与を減額する根拠に事実誤認があったり、不当に責任転嫁して一人に責任を押し付けたりするような場合には、裁量逸脱濫用と評価される可能性が高まると言えます。