一
1 会社は、労働者に対して指示命令権を有しているので、労働契約や就業規則で制限がない限り、労働者に配転命令をすることができます。
もっとも、業務上の必要性が無いのに、不当な目的で配転命令をすることは、権利の濫用として許されません。
2 今回は、配転命令が権利の濫用となるかが争われたケースについて、実例をカスタマイズしてお話いたします。
二
1 Y社は、建物リフォームの企画、立案及び施工等を事業内容とし、全国規模で支店展開している株式会社です。
Xは、Y社の営業渉外課に所属し、長年福井支店において勤務していました。
Xの基本業務は、各家庭を訪問しリフォームを営業することであり、施主から依頼があった場合には、廃材の運搬やシート張りなどの現場作業も担当していました。
2 Y社は、営業渉外課に所属する営業担当従業員に対し、以下のような賞罰規定を設けていました(以下「本件賞罰規定」といいます)。
① 月間受注ノルマを200万円とする
② ノルマを達成できなかった従業員については、営業渉外課から外すか、Y社が決定した支店に異動する。
3 Xは、上記ノルマを達成することができませんでした。
営業渉外課から外れると、固定給が月額約10万円減額になります。
Xは、上司から、営業渉外課を外れることを通告され、それに承諾する同意書の署名を繰り返し求められました。
4 Xは、固定給が月額約10万円も減額されることについて納得がいかなかったので、同意書の署名を拒否していました。
Y社は、Xが同意書に署名しないことから、事前に内示のないまま突然長野支店で勤務するよう配転命令をしました(以下「本件配転命令」といいます)。
5 本件配転命令がなされた翌日には、Xは福井支店の建物内に入ることができず、Xの席には他人のパソコンや荷物が置いてある状態でした。
Xの上司は、同意書に署名しない以上、長野支店に異動になるか、自主退職するかの選択をXに迫ったのです。
Xは、本件配転命令が権利の濫用であると主張して、裁判になりました。
三
1 本件のポイントは、本件賞罰規定の合理性です。
営業担当従業員である以上、一定の営業目標が設定されるのは、一般的なことと言えます。
そして、設定された営業目標を達成できない場合、歩合給が下がるとか、営業担当部署から外れるということも、やむを得ないケースが考えられます。
2 しかし、設定された営業ノルマが、社会通念に照らし、通常の能力を有する一般的な営業担当者でも達成困難なレベルという場合には、むしろ営業担当者の数を減らし、その人件費を削減する目的でノルマを設定したと窺われ、その合理性が否定されます。
3 本件の場合、全国のY社全体の営業渉外課の営業従業員の中で、月間受注ノルマ200万円を達成できていたのは、わずか半分でした。
Xが勤務していた福井支店では、月間受注金額が100万円に達した従業員すらもいませんでした。
この点から、本件賞罰規定の定めるノルマは、明らかに達成困難であり、合理性を欠くと言えます。
四
1 また、Xが長年福井支店に勤務し、福井市に自宅を持ち家族と生活しているのに、事前に内示をせず、突然、転居しなければ勤務できない長野支店に配転命令をしたという点も大きな問題です。
2 会社の配転命令が正当化されるのは、業務上の必要性があることが大前提です。
特に、転居をしたり、単身赴任をしたりするような労働者の不利益が大きい場合には、それに見合った高度な業務上の必要性が無ければなりません。
3 本件において、Y社としては、Xをあえて長野支店に配転する業務上の必要性は無く、本件賞罰規定の営業ノルマが達成できなかったことのペナルティーとして本件配転命令がなされたと言えます。
本件賞罰規定のノルマが達成できなかったからと言って、固定給が月額約10万円も減額する労働条件変更を承諾するか、転居して長野支店へ配転されるかを選択せよというのは、Xにとってあまりに酷です。
そして、これらの選択肢のどちらも嫌ならば、Y社を自主退職するように促すことは、事実上の退職強要とも評価しえます。
五
1 このように、社会通念に照らし達成困難な営業ノルマを設定し、それを達成できない場合には、営業渉外課から外して固定給を約10万円減額するか、転居が必要な長野支店に配転されるかの選択を迫る本件賞罰規定は、あまりに過酷なので公序良俗に反して無効であり、それを前提とした本件配転命令も人事権の濫用として違法となります。
2 本件は、給料の高い営業渉外課の従業員の数を減らして人件費を削減するというY社の思惑が露骨に現れたものと言えます。
営業目標を設定する場合には、通常の能力を有する一般的な営業担当者を基準にして、社会通念に照らし、達成可能なレベルなのかを慎重に検討する必要があります。
また、営業目標が達成できない場合には、いきなり給与を減らすとか営業部署から外すのではなく、一定の研修やOJTをするなど、営業スキルアップの段階を経ることも、裁判をする上では重要な点になると考えられます。