一
1 管理監督者については、労働基準法42条2号により、労働時間、休憩、休日に関する労働基準法の適用を受けないことが原則となります。
2 労働者が、管理監督者に当たるか否かについては、①業務内容、権限及び責任の重要性②勤務態様(労働時間の裁量、労働時間管理の有無・程度)、③応分の賃金など残業代に代替する待遇がなされているか、といった点を総合的に考慮して、経営者と一体的な立場にあるかどうかで判断されます。
3 これは、有名な法理論だと言えますが、実際の事件に当てはめた場合、紛争となるケースがあります。そのようなケースについて、実例をカスタマイズしてお話いたします。
二
1 Xは、Y社の名古屋支店の支店長でした。
Y社は、Xについて管理監督者に当たるとして、名古屋支店長就任以降、残業代を支払ってきませんでした。
これに対し、Xが、管理監督者ではなく、未払いの残業代があると主張し、付加金(労働基準法114条1項)とともに、Y社に対して請求する訴訟を提起したのです。
2 この訴訟では、管理監督者に当たるかという争点とともに、みなし残業代についても争われたので、この点についてもお話いたします。
三
1 管理監督者と言えるためには、上記の①~③の点を総合考慮して、経営者と一体的な立場にあるかどうかで判断するので、それぞれの要素ごとの事情を確認する必要があります。
2 ①について
Xは、名古屋支店の従業員のシフト表の作成、副主任以下の従業員の降格、名古屋支店の従業員の査定、名古屋支店の営業成績の管理、外勤従業員への指示等をしていました。
しかし、原告の権限は、在籍従業員が10~15人程度の名古屋支店内に限られており、支店間の人事異動や、主任・統括マネージャーの人事権・採用などの権限はありませんでした。
また、Xは、3か月に1度の割合でY社本社において行われる支店長会議に出席していましたが、支店長会議は、既にY社本社内で決定した経営事項を、各支店長に周知する程度のものでした(XがY社の経営上の意思決定に参加したわけではありません)。
したがって、原告の業務内容、権限及び責任が、経営者と一体的な立場にあると評価できるほど重大とはいえません。
2 ②について
Xは、その上司である東海ブロック長から、「毎日の朝礼には支店長も出席した方が良い」と指示を受けており、自由な時間に出勤できない実態がありました。
また、Xは、毎日、名古屋支店のその日の業績を、Y社の代表取締役など幹部にメール報告することになっていましたが、この業務は最後の外勤従業員が帰社するまで行うことができません(途中で帰ると、その日の最終業績を報告できないので)。
つまり、Xは、自由な時間に退勤することもできなかったのです。
その結果、Xは、長時間労働を余儀なくされていました。実際に残業時間を算出してみると、Xが名古屋支店長に就任してからの残業時間は、支店長就任前の2倍にもなっていました。
このような状況からして、Xに労働時間の裁量は乏しく、自分で労働時間を管理することが困難だったと言わざるを得ません。
3 ③について
Xは、名古屋支店長に就任する際に役職手当として月額5万円を支給されました。
しかし、Y社はXを管理監督者であると扱ったため、残業代を支給していませんでした。
管理監督者と言えるためには、残業代を支払わなくとも労務と対価的バランスの取れる、応分の代替給付・待遇(手当等)がなされる必要があります。
前述のように、Xは、名古屋支店長に就任してから、残業時間がこれまでの2倍にもなってしまいました。
役職手当として月額5万円を支給されていたとしても、残業代が出ないことを考慮すると、2倍に増えた残業時間を月額5万円でこなすということになります。そして、それを実際に時給計算してみると、最低賃金をも下回る低い金額となり、25%の割り増し分も考えると、ほぼ割増賃金が支払われていない結果となりました。
このように、残業代を支払わなくても、提供した労務に見合う待遇が確保されていたとは到底言えない状況でした。
4 これらの点から、Xは、経営者と一体的な立場にあるわけではなく、管理監督者ではないので、残業代を支払わないことが違法であると判断されました。
四
1 なお、Y社は、Xに支給していた月額5万円の役職手当は、みなし残業代であり、これまでの残業代に充当されると主張しました。
2 そもそも、みなし残業代が、実際の残業代に充当されるためには、
① 労働契約、就業規則(給与規程)などにおいて、通常の労働時間の賃金に当たる部分と、みなし残業代に当たる部分とが明確に区分されていること
② みなし残業代に当たる部分が、対応する労働の対価としての実質を有すること
が必要とされます。
3 本件についてみてみると、Xが支店長に就任する前は「営業手当」として48,000円が支給されており、支店長に就任した時点で「営業手当」が廃止になって「役職手当」として5万円が支給されるようになりました。
つまり、「役職手当」は、廃止された「営業手当」と同じものであり、みなし残業代として明確に区分して支給されていたとは言えません。
また、Y社では、「役職手当」について、営業成績や功労の程度によっては支給されないこともあるとしていました。
「役職手当」がみなし残業代に当たるというのであれば、このような取り扱いをするはずはありません(これでは、営業成績が悪かったら、残業代を支給しないということになってしまいます)
4 このように、役職手当は、みなし残業代と明確に区別して、それが何時間分の残業代に当たるのかが明確にされていません。
本来賃金の一部である「営業手当」の名目を「役職手当」に変更し、それを賃金から除外してみなし残業代に充当しようとするのは、残業代の不当な潜脱行為と言えます。
したがって、「役職手当」はみなし残業代とは取り扱われず、これまでの未払い残業代に充当されることはありません。
むしろ、「役職手当」も賃金の一部に含まれるので、役職手当の金額も合計した給与額を基準にして、割増残業代が算出されることになるのです。