打切補償と解雇

1 会社は、労働者が業務上負傷し、または病気にかかり、療養のために休業する期間及びその後30日間は、労働者を解雇してはならないとされています(労働基準法19条1項)。
また、労働者が業務上負傷し、または病気にかかった場合においては、会社側は、その療養のために必要な費用を負担しなければなりません(労働基準法75条1項)。

2 もっとも、労働者が業務上負傷し、または病気にかかった場合において、療養開始後3年を経過しても、治らない場合には、会社としては、平均賃金の1200日分の打切補償をすれば、それ以上の補償をする必要が無いとされています(労働基準法81条。以下「打切補償」といいます)。

3 では、会社としては、労働者が業務上負傷し、または病気にかかった場合でも、打切補償をすれば、労働者を解雇することができるのでしょうか。
この点、労働契約法16条により、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合には、解雇ができません。
打切補償がなされた場合の解雇は、業務上での負傷・病気がそもそもの原因ですから、解雇ができないのではないかが問題となるのです。

1 そもそも、労働契約は、労働者が労務を提供し、会社がその対価として報酬を支払うことにより成立する契約です。
つまり、労働者が、労働能力を失い、労務を提供できない場合には、労働契約の前提が成立しないので、会社側が解雇したとしても、客観的に合理的な理由があるということになります

2 もっとも、業務上の負傷や病気の場合、労働者に帰責性がありません。
そのような場合には、労働者が労働災害補償としての療養のために安心して休業できるよう配慮する必要があります。
そこで、上記の労働基準法19条1項により、解雇の制限が設けられているのです。

1 このような解雇制限の趣旨からすると、解雇制限されるのはあくまで例外であり、その適用場面は広くないということになります。

2 そして、打切補償がなされる場合、労働者に対し、十分、労働災害補償としての療養の機会を与えたといえます。
そこで、打切補償をして労働者を解雇することは、打切補償制度の濫用と言えるような特段の事情が無い限り、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当と認められるので、有効となります。

3 就業規則において、「打切補償がなされた場合には、労働者を解雇する」旨の規定が盛り込まれていたとしても、それは労働基準法違反ではないので、有効な規定となります。

1 なお、「打切補償制度の濫用と言えるような特段の事情」があると言える場合とは、イメージが困難なくらい極めて限定的な場面であると考えられます。

2 実際の裁判で争われたケースを見てみると、過重労働によって体調を崩し、業務上の病気と評価される場合であっても、その業務を担当していたプロジェクトチーム全員が過重労働状態であり、特定の労働者に特定して意図的に過重労働をさせていたわけではないから、打切補償制度の濫用ではないとした裁判例もあります。
また、1年半程度もの間、休業補償として給料の6割を支給していた点をもって、業務上の病気の回復のために一定の配慮をしており、打切補償制度を濫用することによって、その労働者を解雇することを意図していたとは言えないとした裁判例もあります。

あくまで、労働契約は、労務提供と報酬の支払が対価関係にあることが本質であり、労務提供できない労働者の解雇が制限されるのは、例外的位置づけであるという点が、ポイントと言えるでしょう。

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