懲戒解雇と退職金不支給

1 懲戒解雇をされると、退職金が支給されないという話をよく聞きます。
確かに、「①懲戒解雇された者、②退職に際して、その手続き及び業務の完全な引継ぎをせずに退職した者には、退職金の減額もしくは支給しない場合がある」といった規定が退職金規程に盛り込まれているケースが多いと言えます(以下、退職金を支給しない場合の条項を、「本件退職金不支給条項」といいます)。

2 一般的に、退職金算定の基礎賃金は、退職時の基本給であり、支給率も勤続年数に応じて増加するので、退職金は、勤続の功労報償的な性質を有しています。
他方、退職金は、在職中の労務の対価である賃金の後払いという性格もあるので、賃金に準じた重要な事項であるといえます。

3 ですから、懲戒解雇されたからといって、それだけで直ちに、本件退職金不支給条項により退職金が一切支給されないという話ではありません。
懲戒解雇がなされる場合でも、懲戒解雇事由によっては、極めて悪質なものもあれば、懲戒解雇ではあるものの退職金全額不支給とするのは酷というものもあり、濃淡があります。
そこで、懲戒解雇が有効であったとしても、それまでの勤続の功労を抹消してしまうような著しく信義に反する行為ではないといえる場合には、本件退職金不支給条項を適用せず、退職金を支給する(場合によっては一部支給する)という判断がなされることもあります。

4 この点が問題となったケースについて、実例をカスタマイズしてお話いたします。

1 Xは、Y社の従業員でしたが、Y社に不満を募らせ退職することにしました。その際、Xは、以下のような行為をしました。
① Y社に勤務していた他の従業員に呼び掛けて、Y社に事前に連絡なく、同僚とともに一斉に退職し、Y社本社営業部及び重要な支店の機能を麻痺させた。
② Y社が混乱することを認識しながら、あえてY社の事務を後任者に引き継がなかった。
③ 退職するに当たり、Y社の承諾なく無断で、在庫商品を社外に搬出したり、パソコン内の顧客台帳やリース台帳などのデータを消去したりした。
④ ①~③の行為の結果、Y社に多大な損害を発生させた。

2 Y社は、このようなXの行為の悪質さを考慮し、Xを懲戒解雇処分にするとともに、本件退職金不支給条項に基づいて、退職金を支給しないという決定をしました。

3 これに対し、Xは、懲戒解雇処分が解雇権の濫用に当たり無効であり、本件退職金不支給条項に基づいて退職金を支払わないのは違法であるとして、Y社を被告として裁判を起こしたのです。

1 この点、上記のXの行為は、いずれもY社の業務を妨害するために意図的に行ったものであり、結果としてY社に多大な損害が発生している以上、懲戒解雇事由があると評価できるので、本件懲戒解雇処分は有効であると判断されました。

2 問題は、Xの行為が、本件退職金不支給条項に基づいて退職金を支給しないと決定するほど、それまでの勤続の功労を抹消してしまうような著しく信義に反する行為と言えるか、という点です。
これは、信義に反することの立証責任を誰が負うのか、という問題と密接に関連します。

3 そもそも、懲戒解雇処分が有効と判断されている以上、その時点で、労働者に著しく信義に反する行為があったと評価されたことを意味します。
したがって、懲戒解雇処分が有効と判断された段階で、本件退職金不支給条項が適用されるほど著しく信義に反する行為であったことが推定されると裁判所は判断しました。
そして、懲戒解雇処分を受けても退職金を請求したいのであれば、労働者側において、自分の行為が、本件退職金不支給条項に基づいて退職金を支払わないと判断する程度に著しく信義に反するものではないことを主張・立証する必要があるという判断を示したのです。

4 本件でいえば、Xの上記行為があったとしても、XのY社におけるそれまでの勤続の功労を抹消するような著しく信義に反する行為とまでは言えないということを、Xにおいて立証しなければならないのです。

以上のように、懲戒解雇処分が有効と判断される以上、本件退職金不支給条項の適用を正当化することが推定されます。
そして、懲戒解雇処分を受けた労働者側において、その行為が、それまでの勤続の功労を抹消するほど著しく信義に反するものではないことを立証することは、大変ハードルが高いと言わざるを得ません。
その意味で、そもそも懲戒解雇事由と評価されるほどの行為と言えるか、という争点において、主張立証に尽力するべきと言えるでしょう。

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