一
1 業務の性質上、業務遂行の方法を、大幅に、業務を担当する労働者の裁量に委ねる必要があるため、業務遂行の手段及び時間配分の決定などに関し、使用者が労働者に具体的な指示をすることが困難な業務があります。
そのような業務の典型である20種類の業務について、専門業務型裁量労働制という制度が設けられています。
これは、20種類の対象業務について、労使協定を締結し、労働者を実際にその業務に就かせた場合、労使協定であらかじめ定めた時間を労働したものとみなす制度です。
2 この制度が適用されるか否かが争われたケースについて、実例をカスタマイズしてお話いたします。
二
1 Y社は、広告代理店業等を目的とする株式会社であり、Y社の関連会社の開設する飲食情報ポータルサイトにおいて、東京都内の飲食店の情報を掲載する広告代理業をしていました。
2 Xは、Y社の制作部デザイン課において勤務する正社員であり、WEBバナー広告の制作業務を担当していました。
3 Y社は、専門業務型裁量労働制を採用しており、そのための労使協定(以下「本件労使協定」といいます)も締結していました。
本件労使協定では、「出版の事業における記事の取材もしくは編集の業務、広告宣伝等における商品等の内容・特長などに関する文書の考案業務(いわゆるコピーライターの業務)、広告等の新たなデザインの考案の業務に従事する従業員(以下「対象従業員」といいます)について、専門業務型裁量労働制を適用すると定めていました。
そして、対象従業員の一日の労働時間については、9時間労働したものとみなす、と本件労使協定では定めていました。
4 Y社は、Xについて、対象従業員に当たるとして、専門業務型裁量労働制を適用し、一日の労働時間を9時間として給料計算していました。
これに対し、Xは、自分が対象従業員に当たらず、実際にはより多くの時間労働していたと主張し、差額の残業代等をY社に請求する訴訟を起こしたのです。
三
1 前述した専門業務型裁量労働制が適用される20種類の業務のうちの1つに、「衣服、室内装飾、工業製品、広告等の新たなデザインの考案」という業務があります。
Xは、WEBバナー広告の制作業務をしていたので、Y社はXの業務がこれに当たり、対象従業員に含まれると主張したのです。
2 この点、前述のように、業務の性質上、業務遂行の方法を、大幅に、業務を担当する労働者の裁量に委ねる必要があるため、業務遂行の手段及び時間配分の決定などに関し、使用者が労働者に具体的な指示をすることが困難であるからこそ、例外的に、専門業務型裁量労働制という制度が20種類の業務に限定して設けられています。
このような趣旨から、Xが対象従業員に当たるか否かについては、適用範囲を限定的に検討する必要があります。
四
1 本件において、Xは、Y社に入社する前は、ウェブデザインに関する専門的な知識や職歴を有していませんでした。
2 Xは、Y社の営業や編集の担当従業員から、顧客からヒアリングした要望等に基づいて大まかなイメージ、色彩、キャッチコピー文言、使用する写真などについて指示を受けていました。
3 Xの業務の納期は、新規作成の場合でも5営業日程度であり、Xは、1日当たり10件程度のWEBバナー広告を同時並行して制作していました。
4 Xが制作したWEBバナー広告については、営業等の担当従業員が顧客から最終許可をもらって、納品が完了することになっていました。
5 このような事情に鑑みると、Xは、短時間で次々とWEBバナー広告を作成することが業務だったのであり、その裁量は限定的で専門業務とは言えず、また、業務遂行の手段及び時間配分の決定等に関してY社が具体的な指示をすることが困難だったとは言えません。
6 したがって、Xは、対象従業員に当たらず、専門業務型裁量労働制が適用されないので、実労働に応じた残業代を請求できることになるのです。
五
1 なお、Y社は、Xら従業員に対して支払っていた職務手当について、時間外労働に対する割増賃金として支給していたので、この金額が残業代に充当されると主張しました。
2 この点、何らかの手当が、時間外労働に対する割増賃金に当たると言えるためには、通常の労働時間の賃金(手当を含みます)と明確に区分されている必要があります。
ある手当てが、通常の賃金と、時間外労働に対する割増賃金との双方の意味合いを持つ場合には、両者が明確に区分されていない限り、全体が通常の賃金となるので、割増賃金が残業代として支払われたことにはなりません。
3 本件の職務手当の場合、確かにXに対する雇入れ通知書において、職務手当が時間外手当であることが記載されていました。
しかし、職務手当の支給条件が、従業員の職種により相当程度変動していました(残業代であれば、職種によって支給条件が変わることはありません)。
また、職務手当が、何時間分の残業代を含むのか明記されていませんでした。
4 したがって、Y社として、職務手当に、時間外労働に対する割増賃金の意味を込めていたとしても、それが通常の手当と明確に区分されていないので、職務手当の支給額を、残業代に充当することはできません。
むしろ、職務手当の金額も含んだ総額に対して、割増賃金が算出されることになるのです。