一
1 高齢化が進む日本社会において、介護サービスの種類も多様化し、介護における労働契約の主体が不明確になるケースがあります。
2 今回は、この点が問題となったケースについて、実例をカスタマイズしてお話いたします。
二
1 Y社は、要介護者、高齢者などの入浴、排せつ、食事その他の日常生活における介護サービス及び家事サービスの提供、労働者派遣事業、有料職業紹介事業などを行う株式会社です。
2 Xは、Y社の紹介に基づき、A社が運営する介護施設(以下「本件施設」といいます)の居室において、住み込みの24時間勤務で、要介護者B(以下「本件要介護者」といいます)の身の回りの世話を行っていました(以下「本件業務」といいます)。
Xは、24時間(1日)当たり、11,700円の賃金の支払いを受けていた。
一方、Xは、Y社に対し、月額23,000円の会費を支払っていました。
3 Xが本件業務を続けていたところ、Y社は、Xに対し、突然、本件施設における本件要介護者の介護業務の担当を外すことを通告し、住み込みで働いていた本件施設から退去するよう指示しました。Xは、一方的に本件業務を終了させられたのです。
4 Xは、Y社と労働契約をして雇用されていると認識していました。
そして、Y社から、本件施設における本件要介護者の介護業務から外され、その後、新たな要介護者のもとでの就労を指示されなかったことから、Xは、Y社から解雇された(以下「本件解雇」といいます)と考えました。
解雇する上では、客観的に合理的な理由が必要であるところ、そのような理由は無いので、Xは、本件解雇が労働契約法16条に反し無効であると主張して、訴訟になりました。
三
1 この訴訟において、Y社は、以下のとおりの主張をしました。
① Y社自身が、労働者に対し、住み込み・24時間勤務のヘルパーの仕事をさせることは、労働基準法32条(労働時間の規制)に反する。
② Y社は、有料職業紹介事業もしているので、住み込みヘルパーの仕事を希望する求人者には、家政婦の仕事を紹介している。
③ 本件において、Xが住み込みの仕事の紹介を希望したので、Y社としては、家政婦としての本件要介護者とXとの労働契約のあっせんをしたに過ぎない(労働契約は、Xと本件要介護者との間で成立している)。
④ Y社としては、③のあっせんの対価として、紹介手数料の支払いを受けた。
2 このように、Y社は、Xと労働契約関係に立たないので、Y社がXを本件要介護者の本件業務から外してその後新規の業務をさせなかったとしても、解雇ではなく、本件解雇の有効性は問題にならない、と主張しました。
四
1 この点、裁判所は、そもそも、労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者が、これに対して賃金を支払うことにより成立するものであることを前提に、労働契約の成否・主体は、契約の形式にかかわらず、実質的な使用従属関係の有無、及び賃金支払いのあり方を踏まえ、当事者の合理的意思に基づいて決定されるという認識を示しました。
2 つまり、誰が誰に対して指揮命令を出して、労務を提供させているのか、誰が誰に対して労務の対価である賃金を支払っているか、という点を実質的に検討して、労働契約の成否や主体を判断することになります。
五
この裁判所の考え方を、本件について当てはめてみます。
1 Xが本件業務を始めるに当たり、
① Y社がXに対する面接を行ったこと
② Xに対し、本件要介護者との直接交渉をしない旨、就業場所の指定・変更に関するY社の指示に従う旨、本件要介護者から仕事の継続依頼があった場合にはY社に相談する旨を誓約させていたこと
といった事情がありました。
2 また、本件業務が開始した後も、
① Y社がXに対し、本件施設での就業の指導のため、介護に関する注意事項や、Y社指定の日時以外の本件施設への立ち入りの禁止などを指示した書面を多数交付していたこと
② Xは、休暇取得に際して、事前にY社に申し出るものとされていたこと
③ Xは、担当する施設入居者の指定、変更、就業の停止など業務に関するY社の指示を拒否できなかったこと
④ Xは、Y社の指示により、本件要介護者の居室での労働を終了していたこと
といった事情がありました。
3 さらに、賃金について
① Y社は、Xが、本件要介護者から直接金品の受け取りをすることを禁止していたこと
② 本件要介護者は、直接Y社に対し、利用料を支払っていたこと
③ 本件要介護者がY社に支払った利用料の管理について、Xが関与する余地はなく、Y社から所定の給与を受け取るだけであったこと
といった事情がありました。
六
1 これらの事情に鑑みると、Xが、本件要介護者と労働契約をしていたとは、到底評価できません。
Xは、Y社からの指揮命令に従って労務を提供し、Y社としてもXの提供する労務の対価として、日給計算の給与を支払っていたと評価するのが、実態に合致していると言えます。
2 そこで、裁判所は、実態を従事して、XとY社との間で労働契約が成立していると判断しました。
七
よって、Y社が、一方的にXを本件業務から外し、その後も他の業務を与えないことは、Xとの労働契約を打ち切る解雇と解釈されます。
そして、解雇するには、客観的に合理的な理由が必要(労働契約法16条)なのに、それについての主張立証が無いことから、本件解雇は無効と判断されました。
八
労働契約の本日は、使用者の指示命令に従った労務提供と、その労務の対価としての賃金の支給です。
Y社として、自分が労働契約の主体でないと主張したかったのであれば、本件施設内でのXの業務内容に関与するべきでなかったと言えます。
しかも、Y社からXに給与が支払われているというお金の流れがある以上、Y社がXの労務の対価を支払っていないという弁明には無理があるでしょう。
労働契約の本質を再確認し、実態に合った事件解決をした裁判例と言えると思われます。