一
1 一般的に、就業規則では、会社のパソコン等備品を利用して、労働者の業務と無関係な私的行為をすることが禁止されています。
また、労働者が、業務上の地位を利用して、個人的な利益を図る行為についても、同様に禁止されており、違反した場合には懲戒の対象となるのが一般です。
2 会社の備品を私的な行為のために使った、という程度であれば、それだけで解雇処分とはなりにくいと考えられます。
しかし、会社の情報や信用を利用して、労働者個人の利益を図るという場合には、悪質さが増すので、解雇処分が正当化される可能性も高まります。
3 この点が問題となったケースについて、実例をカスタマイズしてお話いたします。
二
1 Xは、幅広い国際旅行を取り扱う旅行代理店であるY社の従業員でした。
2 Xは、将来的に退職後は、X個人で、海外の人気エリアで不動産を取得し、ホテルを経営したいと考えていました。
そして、Xは、Y社在職中から、Y社のパソコンを使って、海外不動産を取り扱っている業者や旅行業界関係者(以下「関係者」といいます)とメールのやり取りをし、Y社での業務に関係なく、将来の個人的なホテル経営のための情報収集や準備行為をしていました。
3 その際、Xは、勝手に「Y社のディレクター」という肩書を使い、Y社の名称とロゴマークの入ったレターヘッドを使用していました。
4 Y社は、このようなXの行為が判明したことから、Xについて解雇処分にしました(以下「本件解雇処分」といいます)。
Xは、本件解雇処分が重すぎるとして訴訟を提起し、バトルがスタートしました。
三
1 本件におけるXの行為が、「業務上の地位を利用して私利を図った」場合や「業務上不正な行為をした」場合に懲戒の対象とするというY社の就業規則に照らして問題視されるのは、当然のことかと思われます
2 ここでの問題は、Xが、勝手に「Y社のディレクター」を名乗ったり、Y社の名称とロゴマークの入ったレターヘッドを使用したりした点です。
関係者としても、やり取りしている人がX個人である場合と、幅広い国際旅行を取り扱う旅行代理店であるY社である場合とでは、対応する上での温度感といいますか、熱量が異なると考えられます。
つまり、関係者として、Y社が組織としてプロジェクトを企画し、大規模で現実的なビジネスの話だと思えば、そのビジネス取引を期待して、一般には開示しない貴重な情報を提供することも十分に考えられます。
3 Xとしては、Y社の力や信用を利用して、X個人の力や信用では本来入手できなかった情報を入手したり、人脈を作ったりする目的で、勝手に「Y社のディレクター」を名乗ったり、Y社の名称とロゴマークの入ったレターヘッドを使用したりしたわけです。
この点、「ディレクター」は、英語で取締役を意味します。法的な意味での取締役か否かはさておき、ディレクターと名乗ることによって、XがY社の重要なポジションにいることをカムフラージュしたといえます(関係者からしても、Xがディレクターであれば、Xとのやり取りにリアリティが増します)。
4 さらに、Xのこれまでのメールを調査したところ、Xは、関係者に対し、Y社について、全世界中に販売網を持ち、旅行商品の営業や宣伝広告を幅広く行う会社であるなどと紹介していました。
関係者としては、そのようなY社と収益性の高いビジネス取引ができると期待して、Y社のディレクターというXに対し、一般に公開していない貴重な情報を提供したり、便宜を図ったりする可能性も高くなります。
5 このように、本来は、X個人のビジネスのための情報収集や準備活動であるにもかかわらず、あたかもY社のビジネスであるかのように関係者を誤解させ、Y社の力や信用を利用して、Xが自力では得られなかった情報を得ていたわけですから、Y社に対する背信性が重大といえます。
裁判所も、この点を重視して、本件解雇処分が有効との判断をしました。
四 労働者が、自分個人の事業のために、会社の取引先から情報をもらったり、便
宜を図ってもらったりすることは許されませんが、本件は、さらに、関係者に嘘
まで言って、会社の力や信用を利用しようしたという点が、一層悪質だったとい
えるのです。