一
1 所得税法12条では、資産又は事業から生ずる収益の法律上帰属するとみられる者が単なる名義人であって、その収益を享受せず、その者以外の者がその収益を享受する場合には、その収益は、これを享受する者に帰属するものとして所得税を課税する、と規定します(実質所得者課税の原則)。
つまり、個別の事案ごとに実質的に判断して、現実に利益を上げ、所得を得ている人に対して、所得税が課せられます。
2 誰が現実に利益を上げ、所得を得ているのかが問題となったケースについて、実例をカスタマイズして、お話いたします。
二
1 Xは眼科の医師であり、眼科クリニックを開業しています(以下「本件クリニック」といいます)。
2 Xの妻であるAは、本件クリニックと同じ場所で、コンタクトレンズやその付属品(以下「コンタクトレンズ等」といいます)の販売をする事業を行っていました(以下「本件販売事業」といいます)。
3 Xは、本件クリニックに関する所得をXの所得として、本件販売事業による所得をAの所得として区別し、確定申告をしました。
4 これに対し、税務署長側は、本件クリニックに関する所得も、本件販売事業による所得も、Xの所得であると認定する更正処分、及び過少申告加算税の賦課決定処分をしたので、バトルがスタートしました。
三
1 前述のように、資産又は事業から生ずる収益の法律上帰属するとみられる者が単なる名義人であって、その収益を享受せず、その者以外の者がその収益を享受する場合には、その収益は、これを享受する者に帰属するものとして、所得税を課税することになっています(所得税法12条)。
この点については、その収益を受ける実質的な権利者が誰であるかを、個別具体的事情に基づいて判断することになります。
2 特に、本件のような家族、親族間で行われている場合には、本件クリニックの運営と本件販売事業の経営が明確に分離されているか否か、本件販売事業の経営方針の決定など重要な点について、強い影響力が及んでいないかといった点を総合的に判断するべきであるという認識を、国税不服審判所は示しました。
四
1 この認識をもとに、本件について精査すると、以下のような事情がありました。
- 本件販売事業は、本件クリニックと同じ場所で、本件クリニックの診察室の一画で行われており、診察室と明確に区別できる間仕切りなどは無かった。
- 本件販売事業に専門的に従事するスタッフはおらず、コンタクトレンズ等の販売といった本件販売事業の事務は、本件クリニックのスタッフが行っていた。
- コンタクトレンズ等の販売代金については、本件クリニックの診察代金と併せて、本件クリニックで支払い手続きがなされていた。
- 本件販売事業の経費である水道光熱費、通信費、固定資産税等は、本件クリニックの経費として計上されていた。
- Xが提出した「青色専従給与に関する届出書」には、Aについて、本件クリニックの医療事務一般に関する専従者と定めた記載があった。
- Xは、コンタクトレンズ等の仕入れ担当者に対し、直接処方せんを渡してコンタクトレンズを発注していた。
- 本件販売事業によるコンタクトレンズ等は、本件クリニックの患者のみに販売されていた。
2 以上の事情を考慮すると、本件クリニックと本件販売事業の経営が明確に分離されていたとは言えません。また、眼科医であるXが、本件販売事業の経営に強い影響を及ぼしていたとも認められます。
3 したがって、国税不服審判所は、所得税法12条により、本件販売事業の所得もXの所得であると認定し、更正処分が適法であると判断したのです。
五
1 なお、本件において、Xは、医療法など行政法令の規制があり、本件クリニックとしてコンタクトレンズ等を販売できないことから、やむを得ず本件クリニックと本件販売事業を分離したのであり、意図的な租税回避行為ではないから、所得税法12条は適用されないと主張していました。
つまり、Xの本件クリニックでコンタクトレンズ等を販売できないので、法令の規制に従って、別途Aの本件販売事業を立ち上げて分離したのであるから、本件販売事業による所得をXの所得に認定するのは不当であると主張したのです。
2 この点、国税不服審判所は、医療法など行政法令の目的と税法の目的は異なることを前提に、本件販売事業がA名義であったとしても、経済的効果に着目すれば、本件販売事業による経済効果がXに発生している以上、Xの経済効果に対して所得税を課すことには、問題が無いという判断をしました。
3 このように、所得税の課税関係については、いきさつがどうであれ、経済効果が誰に発生しているのかという点から、ドライに判断されるものと言えるでしょう。