一
1 今回は、前回のブログと関連する話題です。前回のブログをご一読いただいた後に、本ブログをご覧いただければ、分かりやすいかと思います。
2 今回は、前回のブログと異なり、裁判上の和解が成立し、それに基づいて支払われた和解金に所得税が課せられるか、という問題です。この点が問題となったケースについて、実例をカスタマイズしてお話いたします。
二
1 Xは、FX取引(外国為替証拠金取引)を取り扱うB社の従業員であるAから、B社を通じて行う取引所FX取引(以下「本件FX取引」といいます)の営業を受け、本件FX取引を始めました。
2 Xは、本件FX取引を開始した後、Aが提案する取引内容の通りに外国通貨を買い進めました。Xは、これまでFX取引をしたことが無く、FX取引に関する知識もありませんでした。
3 その後、本件FX取引が上手くいかず、Xの預託証拠金残高が不足し、追加の証拠金を差し入れる必要が次々と出てきました。結局、Xは、本件FX取引に関して合計53,630,000円の証拠金を差し入れ、本件FX取引を終了して預託金残高の返還を受けても、なお41,784,680円もの損失(以下「本件損失」といいます)を出してしまいました。
4 Xは、Aが適切な説明やリスクの告知をしなかったことが原因で本件損失が発生したと主張し、不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条、民法715条1項)として、AとB社に対し、本件損失額、弁護士費用(本件損失の10%相当額)、及び遅延損害金の支払いを求める民事訴訟を提起しました(以下「本件訴訟」といいます)。
5 本件訴訟の審理の過程で、以下のような事情が判明しました。
① Aが、本件FX取引により、殊更に、高い金利が得られることを強調する説明をしていた。
② AがXに対して追加保証金に関する説明をした際、Aが担当している顧客の中で追加保証金を差し入れた人は一人もいないと説明した。
③ Aは、本件FX取引において、Xの取引金額が徐々に大きくなっていったのに、為替相場が大きく変動した時にはその分大きな損失を被るリスクがあることを助言しなかった。
④ Aは、Xが追加保証金を差し入れる事態になった時に、本件FX取引を継続することにより損失が拡大するリスクがあることを説明せず、むしろ損失を取り返すべく追加証拠金を差し入れて、本件FX取引を継続するよう助言した。
6 そもそも、FX取引は、通常の通貨の売買に比べて少額の証拠金を預託することで、多額の外国通貨の売買をする取引です。為替相場や金利の変動次第では、多額の損失が発生するリスクのある大変投機性の高い取引と言えます。また、FX取引は、複雑な知識や情報をもとに専門的な判断をする能力が求められます。XがこれまでにFX取引をした経験が無く、かつ深く考えずにAの提案通りに本件FX取引をしていた実情を考慮すると、このようなAの対応は、さすがに、FX取引の取引業者として求められる説明義務を十分に果たしたとは言えません。本件訴訟において、裁判所も、Aの説明義務違反という不法行為責任、及びAの使用者であるB社の使用者責任に基づき、Xに対して一定額の損害賠償をする必要があるという心証を持ったのです。
7 民事訴訟においては、裁判所が原告及び被告の主張・立証状況を考慮し、裁判所が相当と考える和解内容を提案することがあります(裁判所による和解勧告)。本件訴訟においても、裁判所が和解勧告をし、それに基づいて、以下のような内容の裁判上の和解が成立しました(以下「本件和解」といいます)。
① AとB社は、Xに対し、本件解決金として、連帯して、16,713,872円を支払う。
② Xは、その他の請求を放棄する。
③ XとA、B社との間には、本件和解に定めるもののほか、何らの債権債務関係がないことを確認する。
8 そして、B社らは、Xに対し、本件和解による解決金16,713,872円を支払いました。
Xは、本件和解による解決金について、非課税所得であると考えていたところ、税務当局が非課税所得に当たらないという判断をしたため、バトルになりました。
三
1 前回のブログでご紹介した通り、「保険業法2条4項に規定する損害保険会社又は同条9項に規定する外国損害保険会社等の締結した保険契約に基づき支払を受ける保険金及び損害賠償金(これらに類するものを含む。)で、心身に加えられた損害又は突発的な事故により資産に加えられた損害に基因して取得するものその他の政令で定めるもの」については、所得税が非課税となっています(所得税法9条1項18号)。そして、所得税法施行令30条2号では、「不法行為その他突発的な事故により資産に加えられた損害につき支払いを受ける損害賠償金」については、原則として所得税が非課税とされています。
2 ただし、課税所得を発生させる業務を行う上で発生した損害賠償金で、課税所得に代わる性質を有する場合には、損害賠償金といえども課税所得になります。たとえば、業務を休止する間の収益の保証として損害賠償金が支払われた場合、この損害賠償金は、課税所得である収益の補填という趣旨で支払われており、課税所得に代わる性質を持つと言えるので、所得税の課税対象になります。
3 本件において、税務当局は、本件和解による解決金について、本件FX取引という課税所得(雑所得)を発生させる行為に関連して、取引で得られなかった課税所得を補填する意味を持つから、非課税所得から除かれるという判断をしたのです。
四
1 この点、国税不服審判所は、本件訴訟において裁判所が和解勧告をし、最終的に本件和解が成立した経緯を重視しました。
2 本件において、XがFX取引をして、結果的に損失が出たから、その損失を補填するために、本件和解による和解金が支払われたという訳ではありません。Aが、説明義務違反という不法行為をし、その結果、Xの資産に損害が発生したので、AとB社がその損害を賠償するために、本件和解による解決金を支払ったのです(Xとしては、Aが適切に説明義務を果たしていたら、Xの資産に損害が発生するのを回避可能でした)。
3 このように、Aの説明義務違反によりXにマイナスが発生したので、そのマイナスをゼロに近づけるために本件和解による解決金が支払われたと解釈できます。そこで、国税不服審判所は、本件和解による解決金について、本件FX取引による課税所得に代わる性質を持つとは言えないので、非課税所得であるという判断をしたのです。
五
1 本件においては、投資取引上のリスクとして本来Xが引き受けるべき損失が補填されたという訳ではない、という点がポイントと言えるでしょう。
2 税務当局は、「解決金」という言葉を表面的・形式的に解釈したと考えられます。しかし、実際の税務係争では、「なぜ、本件和解による解決金が支払われるに至ったか」という実質的な経緯、趣旨が重視されるのです。