譲渡所得が課税されない場合

1  資産を譲渡した際に、資産の値上がりにより譲渡人に利益が発生した場合、その利益(譲渡所得)について、所得税が課せられます。


2  もっとも、譲渡人が資力を喪失し、債務を弁済することが著しく困難である場合、強制換価手続(競売など)により発生した譲渡所得、及びこれに類する方法により発生した譲渡所得については、所得税が非課税となります(所得税法9条1項10号)。そもそも、強制換価手続きなどによって資産が譲渡されるような場合には、譲渡人の資産状態が悪化しており、自分の財産全部を充てても債務の全部を弁済できない状況に陥っていると考えられます。このような場合において、譲渡所得に課税しても、譲渡人に資力が無いので、税金を徴収できず、徴収コストだけかかるという事態になります。そこで、現実的な観点から、このような場合には、例外的に所得税を課税しないことになっています。


3 この例外に該当するか否かが争われたケースについて、実例をカスタマイズしてお話いたします。


1 Xは、Aから3億6000万円の借り入れをしていましたが、約定通りに返済ができていませんでした。


2 そこで、Aは、Xの所有する土地(以下「本件土地」といいます)について競売を申し立て、裁判所より競売手続き開始決定がなされました。このままでは、競売手続きという強制換価手続きにより、Xが本件土地を失ってしまいます(一般的に、競売手続きだと、換価価格が安くなります)。


3 そこで、Xは、競売手続き開始決定がなされてから1か月後に、本件土地を3億7000万円で任意売却しました(以下「本件売買」といいます)。そして、本件売買の代金をもってAへの借入金全額を弁済し、Aの競売申し立てを取り下げてもらいました。


4 Xは、本件売買により、実は譲渡所得を得ていました(本件土地が値上がりしていました。以下「本件譲渡所得」といいます)。Xとしては、現に強制換価手続きである競売手続き開始決定を受けており、この競売手続きを避けるために、開始決定の直後に本件売買をしており、その売買代金からAへの弁済をしたので、所得税法9条1項10号に基づき、本件譲渡所得が非課税であるとして、確定申告をしました。


5 これに対し、本件譲渡所得が非課税ではないという更正処分がなされ、バトルとなったのです。


1 本来であれば所得税の課税対象となる譲渡所得について、無理な徴収によるコストの削減という観点から例外的に非課税とするわけですから、非課税となる譲渡所得の範囲は、厳格に判断されなければ不公平です。


2 そこで、国税不服審判所は、
  ① 譲渡人が資力を喪失して債務の弁済が著しく困難であること
  ②強制換価手続きの執行が避けられない場合における資産の譲渡であること
  ③資産譲渡の代金が、債務の弁済に充てられたこと
  という要件を満たす場合に、譲渡所得を非課税とするという判断を示しました。


3 そして、上記1の判断をする際には、現時点だけでなく、近い将来も判断基準時点にした上で、譲渡人(つまり債務者)の債務超過の状態が著しく、譲渡人の信用・才能等を活用しても、債務全部を返済するための資金を調達することが現実的にできない場合に限るという判断を示したのです。

1 本件において、Xは、本件土地を失いましたが、その分Aに対する債務が無くなりました。そして、Xには、A以外にめぼしい債権者はいませんでした。


2 つまり、本件においては、Xが資力を喪失し、債務の弁済が著しく困難であるとまでは言えないので、原則どおり、本件譲渡所得は、所得税の課税対象という結論になります。

本件でのポイントは、

1 譲渡人に資力があるか否かは、譲渡人の財産内容全体を見て判断すること、

2 競売手続きが始まっている等の差し迫った状況における譲渡でなければ、非課税とならないこと、という点にあると考えられます。

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