民事訴訟で得た賠償金と所得税

1 一般論として、人が経済的利得を得た場合には、その名目を問わず、すべて所得に該当
し、非課税とする例外規定がない限り、所得税の課税対象となります(違法な経済的利得
であっても、所得税の課税対象になります)。

2 もっとも、「保険業法2条4項に規定する損害保険会社又は同条9項に規定する外国損害保険会社等の締結した保険契約に基づき支払を受ける保険金及び損害賠償金(これらに類するものを含む。)で、心身に加えられた損害又は突発的な事故により資産に加えられた損害に基因して取得するものその他の政令で定めるもの」については、所得税が非課税となっています(所得税法9条1項18号)。端的な例が、交通事故に遭ってけがをした場合に加害者側から受け取る治療費です。このような損害賠償は、他人から被った損害を補填し、損害が無いのと同じ状態にするものであり、そこから経済的利得が発生するわけではありません。言い換えれば、損害賠償により、マイナスがゼロになるだけであり、プラスが発生するわけではないので、プラス分について課税する所得税は課せられないという考え方になります。


3 逆に言えば、逸失利益の損害賠償のように、損賠賠償を受けることによってプラスが発生したという場合には、その賠償金は非課税所得とはなりません。この点が争われたケースについて、実例をカスタマイズしてお話いたします。

1 Xは、A社に勤務していましたが、他の従業員との間で不合理な賃金格差をつけられてい
ました。合理的な理由のない賃金格差は、労働基準法違反です。


2 そこで、Xは、A社に対し、自分と同等の従業員との賃金等の格差相当額の損害賠償金
(以下「本件損害賠償金」といいます)、本件損害賠償金に対する遅延損害金、訴訟提起
にかかった弁護士費用相当額の損害賠償金(以下「本件弁護士費用賠償金」といいま
す)、及び本件弁護士費用賠償金に対する遅延損害金の支払いを求める民事訴訟を提起し
ました(以下「本件訴訟」といいます)。

3 裁判所は、本件訴訟におけるXの請求を認め、A社は、Xに対し、上記賠償金等を支払い
ました。


4 そして、本件損害賠償金、本件弁護士費用賠償金、及びそれぞれに対する遅延損害金の
課税関係について、バトルとなったのです。

1 まず、前提として、通常の民事訴訟の場合、事件の勝敗に関係なく、弁護士費用は各自
負担とするのが、原則です。つまり、民事訴訟で勝訴しても、自分が弁護士に支払った弁護士費用を相手方に請求することはできないし、他方、敗訴しても、相手方が自分の弁護士に支払った弁護士費用が請求されることはないというのが原則です。

2 しかし、不法行為に基づく損害賠償請求の場合、請求者は被害者ですから、弁護士に委任して裁判を起こさざるを得ない場合に、その弁護士費用全額について、被害者の自腹とするのは酷というケースがあります。そこで、不法行為に基づく損害賠償請求の場合、裁判所が、合理的な弁護士費用額を、不法行為と相当因果関係のある損害と認定し、加害者側に支払うよう命じることがあるのです。


3 本件訴訟は、不合理な賃金差別という不法行為に基づく損害賠償請求の場合ですから、本件弁護士費用賠償金の請求も認められたものと考えられます。

1 国税不服審判所は、まず、本件損害賠償金について、Xの所得であり、所得税が課税されると判断しました。


2 Xが本件訴訟において請求した本件損害賠償金の具体的内容は、A社が不当な賃金差別をしなければ支給されたであろう賃金相当額です。つまり、Xは、不当な賃金差別を受けることなく働いていたら得られたはずの労務提供の対価を請求し、それをA社から受領したことになります。したがって、Xは、本件損害賠償金を得ることにより、ゼロからプラスになったと評価でき、そのプラス分が所得に当たるので、本件損害賠償金は、所得税の課税対象になるのです。

1 本件損害賠償金の遅延損害金について、Xは、一時的に受け取ったものであり、一時所得であると主張しました。


2 しかし、本件損害賠償金に対する遅延損害金は、本件損害賠償金の支払いが遅れるという継続的状態が原因となって日々発生するものであり、一時的に受け取ったものではないので、一時所得には当たらないという判断がなされました。

3 そして、結局のところ、国税不服審判所は、この遅延損害金を雑所得に当たると判断したのです。

1 次に、本件弁護士費用賠償金の扱いについて、ご紹介します。


2 弁護士が言うのも恐縮ですが、弁護士に委任して訴訟を提起する場合、相応の弁護士費
用をお支払いいただくことになります。

3 前述のように、弁護士費用については、原則として各自負担ですが、不法行為に基づく損害賠償請求の場合、被害者に弁護士費用を自腹で負担させるのは酷なので、合理的な範囲内で加害者側に負担させることもあります。つまり、本件弁護士費用賠償金は、本来Xの自腹となる費用を加害者であるA社に負担させることによって、Xの負担を回避するものです。言い換えれば、Xに発生するはずのマイナスをゼロにするのが本件弁護士費用賠償金であり、これをもらってもXにプラスは発生しません。したがって、Xに経済的利得が発生しない以上、本件弁護士費用賠償金は、所得税法9条1項18号、所得税法施行令30条2号により、非課税所得となるのです。


4 そして本体の本件弁護士費用賠償金が非課税所得となる以上、それに附帯する遅延損害金も、非課税所得となります。


このように、民事訴訟で損害賠償金が支払われたとしても、それが直ちに非課税所得となるわけではありません。損失を補填するだけなのか、それとも経済的利得を発生させるものなのかを慎重に見極める必要があるのです。

投稿記事一覧へ