「居住者」の判断基準

1 グローバル化及び雇用の流動化が進み、海外で雇用されたと思ったらすぐに日本国内で雇用され、またしばらくして海外の会社に転職するという人も少なくありません。

2 「居住者」の所得には所得税が課税されますが、ここにいう「居住者」とは、「国内に住所を有し、または現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人」を指します(所得税法2条1項3号)。転職等で、海外と国内を行ったり来たりしている人について、どのような基準で「居住者」に該当すると判断するのかが、問題となります。

この点が問題となったケースについて、実例をカスタマイズしてお話いたします。

1 このケースについてお話しする前提として、「リストリクテッド・ストック・ユニット」(RSU)という制度について、ご紹介します。

2 RSUとは、特定の条件や期間が満了するまで株式の所有権が制限される単位(ユニット)を付与する制度です。RSUを受け取った人は、ユニットと呼ばれるポイント数に応じて、権利確定時点において事後的に、報酬を株式で受け取ることになります。事後的に株式を取得するという点で、事前に株式を直接与える譲渡制限付株式と異なります。RSUでの権利確定時点において株式を付与され、それを好きなタイミングで売却できるので、従業員を引き留めたりモチベーションを高めたりする効果があります。

1 Xは、平成14年4月に、アメリカの会社であるA社に雇用され、日本国内の支店で勤務していました。

2 A社では、その従業員に対し、上記のRSU(以下「本件RSU」といいます)を付与していました。そして、Xに対しても、平成17年1月に、権利確定日を平成20年1月とするユニットが付与されました。

3 その後、Xは、平成18年8月に、A社から、シンガポールにあるB社に転職し、シンガポール国内と日本国内の双方で勤務していました。

4 本件RSUの権利確定日である平成20年1月になったので、Xは、付与されていたユニットに対応するA社の普通株式37,687株(以下「本件株式」といいます)を取得し、アメリカにある証券会社のX名義の証券口座に入れました。

5 Xは、B社から日本国内にあるC社に転職することになり、平成20年2月4日に日本に帰国し、同月13日にシンガポールからの転入届をしました。

6 Xは、平成20年分の所得税について、本件株式の所得を給与所得に含めずに、日本に帰国した後の給与所得などについて確定申告をしました。

7 これに対し、税務署長側は、RSUの権利が確定し、本件株式を取得した時点において、Xが日本国内に住所を有し、「居住者」に該当するので、本件株式に関する給与所得も課税所得に含まれると判断し、本件株式取得日の終値で換算した金額をもとに更正処分をしました。

8 このように「居住者」に当たるか否かで、結論が大きく異なるので、バトルとなったのです。

1 税法上、「住所」について定義した規定はありません。民法22条では、「住所」について、「各人の生活の本拠という」と定められており、税法上も同様に考えられています。

2 そして、「生活の本拠」とは、その人の生活に最も関係の深い一般的生活、全生活の中心を指します。「生活の本拠」と評価するためには、単にその人が「生活している」と思っているだけでは足りず、客観的に、生活の本拠たる実体を備えている必要があります。具体的には、その人の国内外での滞在日数、住居及び生活状況、職業、生計を同じくする家族などの居住地、資産の所在地などの客観的事情を総合的に考慮して判断することになっています。

1 本件での争点は、本件株式取得日におけるXの生活の本拠が、シンガポールにあったのか、日本にあったのかという評価にあります。国税不服審判所は、上記の基準に照らし、以下の要素を根拠に、シンガポールに生活の本拠があったと判断しました。以下、その理由について、紹介します。

2 国税不服審判所は、Xがシンガポールに入国した平成18年8月1日から、日本転入した平成20年2月4日までの期間(以下「本件期間」といいます)の生活状況を重視しました。つまり、本件期間の日数553日のうち、Xがシンガポールに滞在した日数は306日、日本に滞在した日数は158日でした(それ以外は他国に滞在)。このように、Xが本件期間内に滞在していた日数は、シンガポールの方がはるかに多かったのです。

3 Xは、平成18年8月からシンガポールのB社に雇用され、シンガポールでの安定した雇用がある者に発給される「EMPLOYMENT PASS」により、シンガポールに滞在していました。このように、公的にも、Xがシンガポールで安定した雇用に就いていたことが裏付けられていました。Xは、日本国内のC社に転職するために、平成20年2月4日に日本に帰国したのであり、その時点において、職業活動の拠点が日本に移ったと評価できる状況でした。

4 Xには妻と子供がいましたが、子どもはすでに独立し、妻とは不仲でした。妻は、日本国内に住んでいましたが、独自の仕事をしていて自分の生活費を賄う収入源がありましたので、Xは、妻の生活費を負担していませんでした。つまり、Xには、本件期間において、日本国内に、生計を同じくする家族がいなかったことになります。

5 Xは、B社に雇用されてシンガポールにいる間は、B社が費用負担する家具付きのマンションで生活し、公共料金等は自分で負担していました。そして、Xは、シンガポールにおいて、自動車も保有していました。このように、Xは、シンガポールにおいて継続的・安定的に生活をしていたと言える状況でした。Xは、かかるマンションから退去し、自動車も売却して、平成20年2月に日本に帰国したのです。たしかに、Xは、日本国内にマンションを所有しており(日本滞在時は、そのマンションに寝泊まりしていました)、また複数の日本国内の銀行に預金口座を持っていました。しかし、このような資産状況は、Xがシンガポールに赴任する以前と同じであり、本件期間内に日本での資産が増えたという事情はありませんでした。したがって、日本国内に資産があるからと言って、それが直ちに、Xの生活の本拠が日本にあったことを示すことにはなりません。

6 以上の点から、本件期間中は、客観的に見て、シンガポールにおいて、Xの実体のある生活の本拠があったと評価されました。つまり、本件株式取得日である平成20年1月の時点において、Xは、「居住者」に該当しないことになります。そして、Xが、平成20年2月4日に日本に帰国し、その後日本国内に居住しているので、これ以降は生活の本拠が日本に移転したと評価され、「居住者」に当たることになります。

1 結局のところ、Xは、本件株式取得時期である平成20年1月の時点では、「居住者」ではなく「非居住者」になるので、平成20年分の所得税について、本件株式の所得を給与所得に含めて課税所得とした更正処分は、誤りということになります。

2 このように、海外と国内を行き来している人については、全体的・客観的に見て、最も生活実態の認められる場所がどこかを判断することになるのです。

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