一
1 今回からは、所得税法についてのお話です。
2 今回は、非永住者の課税所得について、お話しします。
非永住者とは、居住者(国内に住所があり、または現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人)のうち、日本国籍を有しておらず、かつ、過去10年以内において国内に住所又は居所を有していた期間の合計が5年以下の個人のことをいいます(所得税法2条3号、4号)。
3 以下、実例をカスタマイズしてお話いたします。
二
1 Xは、外国籍の個人であり、外国に本社のあるA社に雇用されていました。
そして、Xは、A社の日本支社にて働いており、非永住者に該当しました。
2 Xは、国内源泉所得について、確定申告をしていました。
しかし、Xは、国外から送金を受けた分については、確定申告をしていませんでした。
3 そして、税務署長側が、この送金について、国外で支払われた国外源泉所得が送金されたものとみなして所得税の更正処分をし、バトルが始まりました。
三
1 そもそも、非居住者の場合、原則として、国内源泉所得、及び国外源泉所得で国内において支払われ、または国外から送金されたものが、所得税の課税対象所得となります(所得税法7条1項2号)。
言い換えれば、国外源泉所得で国外において支払われたものは、現地国の税法が適用されるので、日本の所得税は課税されません(課税されたら、二重課税になってしまいます)。
2 本件で、Xは、海外に、妻と開設したジョイント口座(以下「本件ジョイント口座」といいます)を持っていました。
ジョイント口座(共同名義預金口座)とは、英米諸国でみられるもので、複数の名義人で所有する銀行口座です(一般的には、夫婦や親戚の共同名義です)。ジョイント口座の場合、裁判所の手続きを経ずに他の名義人に引き継げるという利便性があります。
3 Xは、本件ジョイント口座から、Xが日本国内の銀行の支店に開設した預金口座(以下「本件国内口座」といいます)に、約1億円を送金しました。
その後、Xは、約9000万円について、本件国内口座から本件ジョイント口座に返金したのですが、当初送金された約1億円について、国外から送金された国外源泉所得にあたるとして、更正処分がなされました。
4 Xとしては、確かに、日本国内において、本件ジョイント口座から約1億円の送金を受けたけれども、そのうち約9000万円を本件ジョイント口座に返金しているのであるから、所得税の対象となるのは、実質的に判断して、その差額に過ぎないと主張しました。
四
1 この点、国税不服審判所は、Xの主張するように全体的に見て実質的に判断すべきではなく、いったんは本件ジョイント口座から本件国内口座に送金された以上、その送金された額が「国外源泉所得で国外から送金されたもの」に該当するので、送金額全額が所得税の課税対象になると判断しました。
2 租税法律関係の公平の確保や統一的適用の必要性から、事後的に返金したか否かというXの主観的事情により、課税関係が変動するというのは、望ましくありません。
また、所得税法7条1項2号の文言を見ても、「送金された」時点で課税対象となると解釈するのが合理的であり、この条文の文言から「実質的に判断し、送金後に返金した場合は、その差額を所得とする」と解釈するのは、無理があると言わざるを得ません。
五
1 なお、この実例においては、Xが「錯誤無効」についても主張したので、補足します。
つまり、Xは、「不動産を購入するために本件ジョイント口座から送金したのであるが、結果的に不動産を購入できなかったから、大部分を本件ジョイント口座に返金した。仮に不動産を購入できないことが分かっていたら、本件ジョイント口座から送金をしなかった。本件送金は、錯誤に基づくものであるから、「国外源泉所得で国外から送金されたもの」と評価するのは誤りである」と主張したのです。
2 民法95条1項2号では、意思表示は、表意者(意思表示をした人)が法律行為の基礎とした事情についての認識が真実に反する錯誤に基づき、かつ、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものである場合には、取り消すことができると規定されています。
もっとも、民法95条2項では、上記の法律行為の基礎とした事情が表示されていた場合に限り、取り消しができると規定されています。
3 本件において、Xが本件ジョイント口座から送金する行為自体には、何ら錯誤はありません。
また、「結果的に購入できなかった不動産を購入するために本件ジョイント口座から送金した」という事情は、送金するに当たり表示されていません。
4 したがって、錯誤を理由とするXの主張は、そもそも認められないことになるのです。