債権放棄と貸倒損失

1 以前のブログにおいて、金銭債権が回収できない場合に、貸倒損失として損金算入する点について、お話をしました。
今回は、その応用編になります。
つまり、子会社への売掛債権を放棄した場合に、貸倒損失として、親会社の損金に算入できるかが争われたケースについて、実例をカスタマイズして、お話いたします。

2 なお、本件では、①そもそも有効な債権放棄がなされたのか、②有効な債権放棄であるとして、貸倒損失と認めて良いのか、の2つの争点があります。

1 X社は、各種繊維や衣料品などの製造、販売、輸出入などを事業内容とする株式会社です。
X社は、中国内で、A社を設立しました。A社は、繊維製品の縫製等を事業内容とする会社であり、以前のブログでご紹介した、X社の「国外関連者」(租税特別措置法66条の4)に当たります。

2 X社は、中国にあるA社に、有料で、原材料である生地を輸出していました。
そして、A社は、中国内のA社の工場(以下「本件工場」といいます)において生地を加工し、完成品にして、X社に有料で輸出していました。
このX社とA社の取引は、ドル建てドル払いで行われていました。

1 A社は、地元地方公共団体から本件工場を賃借して、稼働していました。
しかし、この地元地方公共団体は、都市開発を理由に、A社への賃貸を終了し、本件工場を明け渡すよう、A社に要求しました。
このように、A社は、本件工場において、稼働できなくなったのです。

2 A社の株主であるX社は、本件工場の明け渡しを要求されたこと、及び市場の状況変化を検討し、A社について事業を停止し、清算手続きを開始することを、決定しました。
その際の議事録には、「最終の債務の返済ができない分は、最大の債権者であるX社の債権放棄にて補う」などと記載されていました。

3 A社は、このX社の決定を受けて、清算手続きをスタートしました。
そもそも、中国においては、債務超過の会社を清算する場合、中国の人民法院(裁判所)に破産を申し立てる必要がありました。
しかし、子会社であるA社を破産させてしまうと、X社の中国内での経済的信用が失われ、風評被害により、X社の中国内での事業継続が困難になるリスクがありました。
そこで、A社は、X社の指示を受け、破産するのではなく、A社のX社に対する債務以外の債務を全額返済した上で、X社にAに対する債権を放棄してもらって清算するという方法を取りました。

4 そして、A社は、この方法による清算手続きを経て、会社登記を抹消し、解散手続きが終了したのです。

1 上記のとおり、X社は、A社が清算手続きをするに当たり、A社に対して有していた売掛債権(以下「本件売掛債権」といいます)を放棄しました。
そして、X社が、放棄した本件売掛債権額をX社の損金に算入したところ、これを否認する更正処分がなされ、バトルがスタートしました。

2 前述のように、A社は本件工場を賃借して稼働できなくなり、一方で、市場の状況変化により、向上を他の場所に移転しても、移転費用を賄うほどの採算が見込めないことから、事業を停止することになりました。

3 そして、前述のように、中国において、債務超過の会社を破産せずに清算するためには、弁済することによりA社に対する債権者をX社のみにした上で、X社が本件売掛債権を放棄する必要がありました(X社としては、中国国内で事業展開する上で、子会社であるA社の破産による風評被害を防ぐ必要がありました)。

4 このように、ビジネス上の常識から考えて、X社が本件売掛債権を放棄したことには、一応の経済的合理性があると言えます。

5 この点から、国税不服審判所は、X社が本件売掛債権を有効に放棄したのであり、意図的に債権放棄を仮装して、その額を損金に算入したわけではないと判断したのです(実体のある債権放棄であると判断されました)。

1 もっとも、X社が法的に有効に本件売掛債権を放棄したとしても、その額をX社の損金に算入できるかは、別の問題です。
つまり、債権放棄の場合、債権が消滅し、その結果、債務者に経済的利益(債権を支払わなくて良いという利益)を提供することになります。
したがって、以前このブログでも取り上げた通り、原則として「寄附金」に当たり、損金に算入されません(法人税法37条7項)。

2 ただし、子会社を清算するに当たり、親会社が子会社に対する債権を放棄することについて経済的合理性がある場合には、例外的に「寄附金」に当たらず、損金算入されます(法人税基本通達9-4-1)。
そして、「経済的合理性があるか否か」の判断は、
① 親会社と事業上の関連性がある子会社であること
② 子会社が経営危機に陥っていること
③ 親会社が債権放棄までしなければならない必然性があること
といった要素を総合的に考慮して判断すると、国税不服審判所は判断要素を示したのです。

3 本件において、国税不服審判所は、以下の事情を重視しました。
① 本件売掛債権放棄時の直近過去3期のA社は、債務超過ではなかった。
② A社は、直近3期では、営業利益・純利益を計上しており、債権放棄時において、A社が直ちに経営破綻し、本件売掛債権の回収見込みが無かったとは言えない。
③ 債権放棄時のA社の債権者はX社だけであり、A社としても、親会社であるX社に対し、支払いについて相当の融通が利くと考えられ、破産またはそれに準じた支払い不能の状態とは評価できない。
④ そもそも、A社を清算するのは、A社の事業の採算が取れないというX社の経営判断に基づくものであり、A社が不可避的に清算するに至ったわけではない。

4 そして、国税不服審判所は、上記の事情があるので、X社の本件売掛債権の放棄には経済合理性が無く、「寄附金」に当たるとの判断を示しました。
寄附金に当たる以上、損金算入ができないので、この点を否認した更正処分は適法ということになります。

5 債権放棄額を例外的に損金算入するためには、債権放棄すべき高度の経済的合理性があったことを、具体的かつ説得的に主張・立証する必要があるので、大変ハードルが高いと言えます。
法律書面の作成に苦手意識をお持ちの税理士先生は、是非弁護士との協同をご検討ください。

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