一
1 税務調査においては、必要な会計資料の提出が求められるだけでなく、関係者に対して質問がなされ、それに対する説明(申述)が求められます。
そして、これらの資料や申述の内容を踏まえ、経理処理の方法や所得の計算方法等に税法上の問題があると判断された場合に、更正処分等がなされます。
つまり、税務調査の過程で得られた資料や申述に、どの程度の証拠としての価値があるのか(事実を認定する上で、どの程度役に立つのか)という点は、更正処分等の対象となる前提事実を認定する上で、大変重要です。
十分な証拠に基づかず、推測だけで納税者に不利な事実が認定され、それに基づいて不当な更正処分等がなされ、過大な税金が徴収されるということは、法治国家において許されません。
2 主観的証拠である申述の場合、申述の過程で、嘘や過剰表現が介在するリスクが、契約書類といった客観的証拠に比べて高いといえます。
特に、自分に落ち度があるような利害関係人の申述の場合、自己保身のために他人に責任転嫁したり、他人を巻き込んだりするリスクもあります。
そこで、申述を事実認定の証拠とする場合、その信用性は、厳格に判断されます。
申述の内容に矛盾や変遷が無いか、客観的な証拠や間接事実と整合しているか、重要な点についてごまかしたり不自然な内容の申述をしたりしていないか、といった観点から、申述の信用性は判断されるのです。
3 今回は、更正処分において、申述内容の信用性が争われたケースについて、実例をカスタマイズしてお話いたします。
なお、このあたりの話は、税法ではなく、むしろ訴訟法の領域の話であると思います。苦手意識を持たれた税理士先生は、是非、弁護士との協同をご検討ください。
二
1 X社は、産業用機械や用具の製造等を事業内容とする株式会社です。
X社では、A事業部において、産業用圧力容器の製造・販売をしており、B事業部において、産業用鉄板の製造・販売をしていました。
Cは、X社の取締役兼業務部部長であり、X社の総務、経理、資材調達、及び製造した製品の輸送に関する業務の統括責任者でした。
2 D社は、海上運送事業等を行う株式会社です。
X社は、自社で製造した製品について、D社に発注し、主に海上輸送の方法で、顧客先に納入していました。
Eは、D社の営業所所長であり、X社との取引においてD社側の責任者となっていました。
なお、D社は、その業務の一部を、同業のF社に外注していました。
3 X社は、D社からの請求に基づいて、製品の運搬費用を支払い、その支払額について、運搬費としてX社の損金に算入していました。
なお、X社がD社に支払った運搬費用の中には、F社への外注費用も含まれます。
4 このような取引関係において、不祥事が起こりました。
EとF社が共謀して、架空の外注業務をでっちあげ、その架空の外注業務の費用を、本来のD社のX社に対する運搬費用に加算して、合計額をX社に請求したのです(Eは、D社の営業所長であり、X社との取引の責任者だったので、このような不正請求ができたのです)。
X社は、D社より、実際にはなされていないFの架空の外注業務費用も含んだ過大な運搬費用の請求を受けたわけですが、特に疑義を持たずにD社に支払いました。
D社は、X社から支払われた運搬費用の中から、F社に対し、架空の外注業務の費用を支払い、F社が、E個人に対して、D社から支払われた外注費の大部分をキックバックしていたのです。
5 以上の事実関係からお分かりいただける通り、X社は、D社に対して、正規の運搬費用よりも過大な費用を支払い、その全体の支払額をX社の損金に算入していたことになります。
この点について、X社が計上し、損金に算入した運搬費用の一部は過大であったという理由で、損金算入を否認する更正処分がなされました。
これに対し、X社が審査請求をして、バトルがスタートしました。
三
1 そもそも、X社が、過大な運搬費用額を計上し、損金算入したと判断するためには、緊急に納品しなければならないなどの合理的理由が無いにもかかわらず、海上輸送業界の健全な相場感覚から判断して過大な運搬費用額を、意図的に計上した、という事実が認定される必要があります。
具体的には、X社が本件において計上した運搬費用の額が過大であるという
ことを、X社が認識していた、という事実が認定される必要があるのです(X社に、過大であるという認識が無ければ、X社が意図的に過大な運搬費用を計上することは、論理的にありえません)。
2 この点、X社が、計上した運搬費用の額が過大であると認識していたという事実関係については、税務署長側が立証責任を負います。
本件に関する税務調査の過程で、Eは、「X社の取締役兼業務部部長であるCから、運搬費用の水増しを指示された」と申述しました。
つまり、Eは、Cから、D社に支払う本来の運搬費用に水増しして過大に運搬費用をXに請求し、支払われた過大な運搬費用の一部を、C個人にキックバックするよう指示を受け、それに従ってX社に過大な運搬費用の請求をしたなどと申述したのです。
税務署長側は、このEの申述を根拠に、Cが水増しの指示をした以上、X社として、計上した運搬費用の額が過大であることを認識していたと評価できると主張したのです。
3 前述のように、申述は、主観的な証拠であり、嘘や過剰表現が介在するリスクが高いものです。
しかも、本件は、不正なキックバックをしていて、いずれ自分の法的責任が追及されるリスクのあるEという強い利害関係人の申述ですから、自己保身のためにCを巻き込んだり責任転嫁したりするリスクも十分に想定されます。
そのため、Eの申述の信用性は、厳格に検討される必要があります。
4 X社においては、事業部ごとに、製品の運搬をD社に発注していました。
つまり、A事業部内で製造している産業用圧力容器の運搬発送手続きは、運搬費用の承認も含めて、A事業部内で完結していました。
そして、B事業部においても、同様の扱いがなされていました。
つまり、Cの決裁が必要だったというような事情は無く、運搬費用の調整や承認はC以前の段階であるA及びB事業部内の手続きで完結しており、Cが関与した形跡はありませんでした。
X社の組織関係として、Cが、製品の運搬費用額の調整や承認に関与していないのに、いきなり、Eに対して、運搬費用の水増しを指示したというのは、いかにも不自然です。
5 Eは、X社から過大に支払われた運搬費用について、その都度、所定のパーセンテージで算出したマージンを、C個人にキックバックしていたと申述しました。
Eは、単発ではなく、反復・継続してC個人にキックバックをしており、しかも、毎回支払額に応じて算出しているので、キックバック額も毎回異なっていたと申述していました。
そうであれば、その支払額の算出方法や金額などをメモ等に記録しておいてしかるべきです。
しかし、本件においてそのような記録を残したメモ等がありませんでした。Cへのキックバックの内容を全部記憶していたというのも、大変不自然です。
6 さらに、Eが、C個人にキックバックとしてお金を渡していた記録(送金履歴など)がなく、Eの申述を裏付ける証拠はありませんでした。
このような点から、国税不服審判所は、Eの申述は信用できず、それを根拠にして、X社が過大な運搬費用額であることを認識していたという事実を認定できないと判断したのです。
四
刑事裁判はもちろん、民事裁判においても、供述(しかも、利害関係人の供述
)だけに全乗っかりして、主張立証を展開するというケースは稀であると思いま
す。
なぜならば、仮にその供述の信用性が否定されたら、立証活動が根底から覆る
ことになり、大変リスキーだからです。
本件において、不正行為をして自己保身を図る危険のある利害関係人であるE
の申述に全乗っかりして、一本鎗の立証をしようとしたのは、杜撰という感が否
めません。
税務当局が、申述に基づく立証をしているときは、手持ち証拠が乏しいときといえると思います(本来ならば、信用性の高い物的証拠を先に提出して立証するのがセオリーなので)。
このような場合には、強気に攻めると、良い結果につながるケースが少なくないと思います。