一
1 各種の契約を取り交わす際、特約事項を定めることがあります。
場合によっては、特約事項の分量が多く、その分オリジナリティーのある契約となります。
2 もっとも、特約事項を記載する際には、その記載がどのような法的(税法も含みます)効果を発生させるものなのか、慎重に検討して記載する必要があります。
また、実際の契約書の特約事項の意味を解釈する上でも、法的な検討が不可欠です。
税理士の先生の中には、依頼者から、契約書の特約事項をどのように記載してよいのかを相談されたり、ドラフトの作成を頼まれたりしたことのある方も少なくないと思います。
その際には、想定外の法律関係が発生して、依頼者に不測の不利益を与えるのを避けるため、是非弁護士との協同をご検討いただければと思います。
3 以下、特約の解釈で争いになったケースについて、実例をカスタマイズしてお話いたします。
二
1 X社は、A社の所有するビル(以下「本件ビル」といいます)について、以下の条件で定期賃貸借契約を締結し(以下「本件定期賃貸借契約1」といいます)、本件ビルに入居していました。
① 賃貸借期間:5年
② 賃料:月額41,526,200円
③ 中途解約はできない。中途解約をする場合には、残存賃貸借期間の賃料全額に相当する違約金を支払う。
(その他は省略)
2 本件定期賃貸借契約1には、「契約当初から6か月間は、月額賃料を5,727,700円とする」という特約(以下「本件特約1」といいます)が付されていました。
3 X社は、本件定期賃貸借契約1に基づく賃料について、以下の考えに基づいて、対応する各事業年度において、X社の損金に算入していました。
① 本件定期賃貸借契約1は、5年間解約ができない
② X社がA社に支払う賃料は、
(1) 当初6か月:34,366,200円(5,727,700円×6か月)
(2) 残期間:2,242,414,800円(41,526,200円×54か月)
(3) つまり、X社がA社に支払う賃料総額は、2,276,781,000円となる。
③ A社への賃料総額を60か月(5年)で割ると、一月当たり37,946,350円となる。
これが、本件定期賃貸借契約1の期間内で按分した月額賃料になる。
④ そこで、本件定期賃貸借契約1に基づく賃料として損金計上できるのは、按分計算後の月額賃料である37,946,350円(以下「本件計上賃料」といいます)である。
4 X社は、上記の考え方に基づいて、各事業年度に対応する本件計上賃料の額を損金に算入しました。
これに対し、この方法に基づく損金算入を否認する更正処分がなされ、X社が審査請求をしたことから、バトルがスタートしました。
三
1 以前のブログでもご紹介した通り、債務を損金に算入するためには、その事業年度の終了の日までに債務が確定している必要があります。
そして、「債務が確定している」と言えるためには、
① その事業年度終了の日までに、債務が成立していること
② その事業年度終了の日までに、債務の原因となる事実が発生していること
③ その事業年度終了の日までに、債務の金額を合理的に算定できる状態になっていること
という要件すべてを満たす必要があります(法人税基本通達2-2-12参照)。
2 X社は、本件定期賃貸借契約1が中途解約できないものであり、中途解約した場合には、残存賃貸借期間の賃料全額を支払う義務があるから、X社がA社に対し、5年間で合計2,276,781,000円を支払う賃料債務があることは確定しており、それを契約期間(60か月)で按分した本件計上賃料の額を損金に算入できる、と主張しました。
3 しかし、そもそも中途解約をした場合に支払う義務があるのは、違約金債務(正確に言えば、債務不履行に基づく損害賠償金債務)であり、賃貸借契約に基づく賃料債務ではありません(金額が同じというだけで、債務の法的性質は、異なります)。
そして、違約金債務は、X社が、中途解約をした場合に初めて発生するものです。
つまり、本件において、X社が本件定期賃貸借契約1を中途解約したわけではないので、違約金債務が確定的に発生したとは言えません。
したがって、未だ確定していない違約金額についても、確定した賃料と合算し、全体の金額を按分して、本件計上賃料を算出することは、税法上誤りということになります(未だ確定していない債務も含めて、損金算入することになるので)。
4 以上の点から、国税不服審判所は、X社が実際にA社に支払った賃料(以下「本件支払賃料」といいます)の額について、対応する各事業年度においてX社の損金に算入する方法が正しいという判断を示しました。
実際に支払った賃料については、債務が発生し、金額も特定されており、かつ、賃料の原因である本件ビルの使用収益という事実も認められるので、賃料債務が確定していると言えるのです。
本件支払賃料の額しかX社の損金に算入できないので、本件定期賃貸借契約1の開始した事業年度においては、本件特約1に基づいて支払った賃料額をベースに損金額が算出されることになります。
四
1 なお、今回の実例では、賃料収入の益金算入についても特約の意味が問題となりましたので、この点についてもご紹介します。
2 X社は、本件ビルの一部について、A社の承諾を得て、以下の条件で、定期賃貸借として、B社に転貸しました(以下「本件定期賃貸借契約2」といいます)。
① 賃貸借期間:5年間
② 賃料:月額12,031,200円
③ 中途解約はできない。中途解約をする場合には、残存賃貸借期間の賃料全額に相当する違約金を支払う。
(その他は省略)
3 本件定期賃貸借契約2には、「契約当初から6か月間は、月額賃料を1,659,400円とする」という特約(以下「本件特約2」といいます)が付されていました。
4 X社は、以下の考え方に基づいて、B社から支払われる賃料について、各事業年度においてX社の益金に算入しました。
① 本件定期賃貸借契約2は、5年間解約できない。
② X社がB社から取得する賃料は、
(1) 当初6か月:9,956,400円(1,659,400円×6か月)
(2) 残期間:649,684,800円(12,031,200円×54か月)
(3) 賃料総額:659,641,200円
③ B社からの賃料総額を60か月(5年)で割ると、一月当たり10,994,020円となる。
これが、本件定期賃貸借契約2の期間内で按分した月額賃料になる。
④ そこで、本件定期賃貸借契約2に基づく賃料として、X社の益金に算入するのは、按分計算後の月額賃料である10,994,020円である。
5 このように、X社は、B社からの月額賃料額を10,994,020円であるとして、対応する各事業年度において益金算入していたのです。
しかし、このX社の益金算入方法が誤りであるという判断が示されました。
6 そもそも、建物の賃貸借契約に基づく賃料は、前受け金でない限り、賃料の支払いを受ける時点の事業年度において、益金に算入されます(法人税基本通達2-1-29)。
X社のように、未だ支払い時期が来ていない賃料も加算して、賃貸借期間に対応した按分額を算出し、その額を月額賃料として益金算入することは、未だ支払い時期に無い賃料も、益金算入の対象に含めることになります。
7 したがって、このような按分計算は認められず、本件定期賃貸借契約2及び本件特約2により実際に支払い時期が来た賃料の範囲で、対応する各事業年度の益金に算入することになるのです。