一
1 民事訴訟の場合、弁論主義という考え方があり、裁判所は、原告及び被告の主張・立証の範囲内で、判断をするという原則になっています。
つまり、裁判所は、民事訴訟において、原告も被告も主張していないのに、独自のロジックに基づいて判断をしてはいけないのが基本原則です。
裁判所は、民事訴訟において、原告の主張・立証、及び被告の反論・反証の内容を検討し、最終的には判決によって、原告の請求に法的な理由があるか否かの判断を示すのです。
2 一方、国税不服審判所の場合、弁論主義ではありません。
珍しいとは思いますが、審査請求人の主張にも税務当局側の主張にも理由が無いと判断した場合、国税不服審判所が独自の事実認定をした上で、独自の判断を示すということもあります。
3 今回は、そのようなレアなケースについて、実例をカスタマイズしてお話します。
なお、本件では、「値増し金」(ねましきん)という用語が出てきますので、事前にご紹介します。
請負工事契約を締結した場合でも、その後の資材の値上がり等に応じて、請負代金を増額する場合があります。この増額分を値増し金といいます。
税法上、値増し金をもらうことが請負契約において定められている場合には、工事の引き渡しの時点の事業年度において、益金の額に算入します。
一方、契約当事者で協議して値増し金の額を合意するという場合には、値増し金の額が確定した時点の事業年度において、益金算入します。
二
1 X社は、鍛鋼製バルブ、鍛造バルブ部品、自動車やトラック鍛造部品等を製造している株式会社です。
X社は、その単独出資により、中国にA社を設立しました。A社は、中国国内において、鍛造バルブの製造事業をする外国法人です。
X社は、A社に無償で材料を提供して、バルブ製品(以下「本件製品」といいます)を製造してもらい、本件製品をX社が仕入れていました。
また、X社が、有料で材料をA社に提供し、A社が本件製品を製造した上、中国国内で販売するということもありました。
2 A社は、業績が悪化し、その運転資金が不足する事態になりました。
そこで、X社は、A社に対し、数回に分けて、合計約1億円を支出しました(以下「本件支出金」といいます)。
3 X社は、本件支出金について、それぞれ、支出した時点の事業年度の損金の額に算入しました。
そして、これらの損金算入を否認する更正処分がなされたことから、X社が審査請求し、バトルがスタートしました。
三
1 更正処分をした税務署長側のロジックとしては、本件支出金が、X社のA社に対する貸付金である、というものでした。
本件支出金が、A社に対する貸付金であるとすると、いずれ返済されることが前提となるので、X社の損金に算入されません。
2 この税務署長側のロジックの根拠として、X社とA社が、本件支出金について、借用書(以下「本件借用書」といいます)を作成していたことがあげられました。
3 確かに、本件借用書という客観的証拠があれば、本件支出金が貸付金と評価されても文句が言えないように思えます。
しかし、このような場合でも、合理的な主張を十分にすれば、争う余地があります。
このような場合、本件借用書に、証拠としての価値が乏しいことを、徹底的に主張することになります。
4 まず、本件借用書が作成された経緯について、説明します。
そもそも、X社が中国にあるA社に本件支出金を送金するためには、中国の「国家外貨管理局」(以下「管理局」といいます)の許可を得る必要がありました。
そして、管理局は、X社がA社に本件支出金を送金するためには、中国語で書かれた金銭消費貸借契約書を添付した上で、貸付金名目で送金するよう、指示をしました。
そこで、X社とA社は、やむなく、本件借用書を作成し、本件支出金を貸付金として送金するという形にして、管理局から本件支出金の送金の許可を得たのです。
もともと、A社は、日本法人であるX社が単独で設立した、X社の現地法人であり、A社の代表者も日本人(X社からの出向者)でした。
そのようなX社とA社の関係からすれば、日本語で本件借用書を作成すれば足りるはずです(むしろ、中国語で作成する方が不自然と言えます)。
にもかかわらず、中国語で本件借用書を作成されたということは、上記の通り、管理局の指示に従ったものというエピソードを裏付ける事情と評価できます。
つまり、X社もA社も、本件支出金が、A社に対する貸付金であると認識していなかったことが、客観的に窺われるのです。
5 また、送金履歴に記載されているX社が本件支出金をA社に送金した日時と、本件借用書における貸付日時が食い違っているなど、本件借用書の記載と本件支出金送金の実態との間に、相当数の齟齬がありました。
X社が、実際に、本件借用書に基づいて、A社に対して、貸付金として、本件支出金を送金していたのであれば、このような齟齬が発生するはずがありません。
この点は、本件借用書の証拠としての信用性を、大きく損なうと評価できます。
6 このような点から、国税不服審判所は、本件借用書があるからといって、本件支出金について、X社からA社に対する貸付金であるとは認められないと判断し、税務署長側の主張を否定しました。
四
1 一方、X社は、本件支出金について、A社から本件製品を仕入れる上での値増し金である、と主張していました。
値増し金である以上、本件製品の仕入価格の一部になるから、本件支出金の額を商品仕入勘定に計上して、損金算入しても良いとX社は主張したのです。
2 この点、前述のように、請負工事契約を締結した場合に、その後の資材の値上がり等に応じて、請負代金を増額することがあり、この増額分を値増し金といいます。
つまり、値増し金と評価するためには、値増し金の対象となる取引について、事後的に、実際に本件製品の原価を精査して、その結果に基づいて値増し金の額を算出するというプロセスが必要です。そして、このようなプロセスを経て算出された値増し金の額について、取引の当事者が合意したと認められる必要もあります。
3 本件において、対象となる本件製品の仕入れ取引について、事後的に、実際に本件製品の原価を精査して値増し金の額を算出することが行われていませんでした。
そして、前述したようなプロセスを経て算出された値増し金の額について、取引の当事者であるX社とA社が合意したとも認められませんでした。
したがって、本件支出金が値増し金であり、仕入れ代金として損金算入されるというX社の主張も否定されたのです。
五
1 国税不服審判所は、本件を判断するに当たり、本件支出金が支出された理由を重視しました。
2 中国にあるA社は、海外取引に伴う為替差損を抱えていました。また、A社は、中国国内で大きな訴訟問題を抱えており、多額の裁判関連費用を負担していました。
その他、A社の工場の補修工事費用もかさんでおり、その結果、運転資金不足という事態に至ったのです。
3 これらの事情は、X社との本件製品の取引に関する原価の値上がりといった事情とは無関係なので、これに対するX社の支出を、仕入商品の値増し金と評価することは、やはり無理があります。
むしろ、X社としては、本件支出金により、A社の一般的な損失・不足した運転資金を補填したものと評価するのが、実態に合致しており合理的です。
4 以上の点から、国税不服審判所は、本件支出金が、X社からA社への贈与であり、寄附金に当たるので、これを損金に算入できない、という独自のロジックに基づく判断をしました。
なお、A社は、国外関連者(租税特別措置法66条の4 1項)に当たります(ブログ(84)参照)。そこで、国外関連者であるA社に対する本件支出金が寄附金に当たる以上、その額はX社の損金に算入されません(租税特別措置法66条の4 3項)。
5 この点、ブログ(85)で紹介した通り、法人が、自分の経営危機を避けるためにやむを得ず資産を贈与したり、経済的利益を提供したりした場合など、相当な理由があると認められる場合には、寄附金に当たらないという判断を、国税不服審判所は示しています。
本件の場合、A社の経営状況が悪化しているといっても、X社が本件支出金を支出しなければA社が倒産するというようなレベルまでには至っているとは認められませんでした。
したがって、本件支出金について相当な理由があるとは認められず、原則通り寄附金に当たると判断されたのです。
六
このように、国税不服審判所は、当事者の主張内容に縛られることなく、独自の事実認定や論理構成を基に判断を示すことがあります。
そのため、審査請求の事案においては、税務署長側のロジックの不備を追及するだけでは不十分です。
自社の経理処理が税法のロジックに適合しており論理的であること、かつ、それを裏付ける証拠もそろっていることを、説得的に主張・立証し、国税不服審判所を納得させる必要があるのです。