一
1 不動産の売買を仲介して報酬を得る事業をするためには、宅地建物取引業の資格が必要です。
しかし、実際には、いろんな不動産の売買に関する情報を提供したり、コンサルティングやサポートをしたりして、お金を得るブローカーも少なくありません。
そのようなブローカーから物件の情報をもらったり、コンサルティングやサポートを受けたりすることが良いのか、という問題はあります。
しかし、そのような立場の人だからこそ知りうる有益な情報があったりすることもあるし、上手く利用することで、自社に有利な不動産取引ができることも否めません。
2 もっとも、ブローカーといっても、不動産取引への関わり方は、人によって様々です。
単純に物件情報を提供するだけの人いれば、取引全体を取り仕切って、関係者と折衝し、売買当事者の合意の取り付けまでするという人もいると考えられます。
不動産取引へのブローカーの関わり方、程度によって、税法に関するトラブルが発生することもあります。
以下、実例をカスタマイズして、お話します。
二
1 X社は、建築や不動産売買等を事業内容とする会社です。Aは、X社の代表取締役です。
Y社は、不動産の売買や仲介などを事業内容とする会社です。Bは、Y社の代表取締役です。
2 X社は、平成25年6月30日に、X社の所有する土地(以下「本件土地」といいます)を、Y社に対し、代金2,500,000円で売買しました。
そして、X社は、本件土地の代金を土地売上勘定にして、事業年度の益金に算入しました。
また、X社は、本件土地の売上原価(仕入取得原価)8,042,548円を、同じ事業年度の損金に計上しました。
3 Y社は、X社から購入した本件土地について、特に手を加えることなく、平成25年9月14日に、個人のエンドユーザーであるCに対し、代金11,524,600円で売却しました。
三
1 この実例において、税務署長は、X社が、本件土地売買の取引先を仮装し、売上金額を圧縮するとともに取得原価を過大に計上したとして、X社に対して、更正処分をするとともに、重加算税の賦課決定処分をしました。
以下、税務署長側の指摘について、ご説明いたします。
2 そもそも、本件土地の売買の話をY社に持ち込んだのは、「不動産コンサルタント」と称するブローカーのD(個人)でした。
そして、本件土地取引を全体的に取り仕切り、各売買契約の取りまとめをしたのも、Dでした。
3 本件土地を最終的に購入したCは、専らDとしか協議をしておらず、Y社の人とは会ったことすらありませんでした。
また、本件土地については、X社→Y社→Cという流れで所有権移転登記手続きがなされたのですが、Dが手配した司法書士さんが、一連の登記手続き全体を担当しました
4 このような点から、税務署長は、本件土地取引は、X社→Cの直接売買だったのであり、X社としては、Y社に本件土地を2,500,000円で売却したように仮装して、取引先と売却金額をごまかしたのであり、そもそも、X社とY社の売買契約は無効であると指摘したのです。
四
1 しかし、国税不服審判所は、本件更正処分を違法と判断し、取り消しました。
更正処分が取り消されるということは、それを前提とする重加算税の賦課決定も取り消されることになります。
以下、国税不服審判所の判断の理由について、お話しします。
2 間接事実の積み上げによる立証方法において、処分証書の話をしましたが、処分証書の内容が虚偽であると主張するためには、虚偽であると判断できる特段の事情を、主張・立証しなければなりません。
本件において、X社とY社との売買契約書、及び、Y社とCとの売買契約書という2つの処分証書があります。
税務署長側として、本件土地売買が、X社とCとの間で直接行われたと主張するのであれば、上記の2つの売買契約書が虚偽であると判断できる特段の事情を、主張・立証する必要があります。
つまり、税務署長側が超えなければならないハードルは、大変高いのです。
3 そして、国税不服審判所は、前述のような税務署長側の間接事実の主張・立証だけでは、このハードルを越えていると評価できないと判断したのです。
つまり、税務署長側の主張・立証が、このハードルを越えられなかった以上、本件土地についての2つの売買契約書の内容は、客観的に解釈・評価されます。
つまり、X社は、Y社を買主であると認識していたし、Cは、Y社を売主と認識していたと客観的に解釈・評価されます。
したがって、税務署長側の指摘するような、X社とCとの間で本件土地売買が成立していたという主張は、客観的な当事者の認識と整合しないので、成立しえないということになります。
4 本件において、X社は、Dが単なる一見の飛び込み営業をしてきたような不動産ブローカーではなく、日ごろからY社の代表取締役Bと懇意にしていて、Y社の経営相談に応じていたという人的関係があった、と主張しました。
B自身、税務調査等において、Dを全面的に信用して、本件土地の取引について、一任しているという話をしていました。
つまり、Dは、Y社の代理人的立場で、X社から本件土地を購入し、それをCに売却していたのであり、本件土地取引のプロセスにおいて、きちんとY社の意向が反映されていました。
また、Dが、Y社から委託を受けた代理人的立場で、Cに対応していたわけですから、Cが本件土地の購入にあたりY社のスタッフに会ったことが無いとしても、不自然ではなく、これを「仮装」と評価することはできません。
Y社と人的関係のないDが勝手にY社の名前を使って、本件土地をCに売却したというのであれば、税務署長の指摘も妥当していたのかもしれません。
しかし、CとBが日頃からY社の経営相談をするほど懇意にしており、DがY社の代理人的立場で、X社との関係でも、Cとの関係でも対応していたという点を、税務署長側は、看過していたと言わざるを得ません。
このように考えれば、本件土地取引の全体にわたって、Dの手配した司法書士さんが、すべての所有権移転登記手続きを担当したとしても、何ら不自然ではありません。
5 さらに、重要な間接事実として、Cが、本件土地代金をY社に支払っていた、というものがありました。
もし、Cが、本件土地の売主について、Y社でなくX社であると認識していたのであれば、本件土地代金をY社に支払うはずがありません(Y社に支払っても、有効な売買代金債務の弁済にはなりません)。
この間接事実は、Y社とCの間で有効な本件土地売買が成立していたことを示す、重要な間接事実です。
6 以上の通り、もともと税務署長側の指摘する間接事実の数も少なく、間接事実からX社の不正行為を推認させる力が弱いことに加え、X社から、上記のような効果的な反論・反証が出ました。
そこで、国税不服審判所は、税務署長側が、X社の不正行為について立証不十分であり、立証責任を果たしていないと評価して、本件更正処分及び重加算税の賦課決定を違法であると結論付けたのです。
五
1 実は、本件は、もう一つ重要な問題点を含んでいましたので、以下の通りお話しします。
2 本件の事実経緯を確認すると、X社は、Y社に本件土地を2,500,000円で売却し、この金額を、X社の益金として算入しました。
一方、X社は、本件土地売買の売上原価として、8,042,548円を、X社の損金に計上しました。
つまり、本件土地は、X社がY社に売却した価格より、相当価値があったことになります。
現に、本件土地を購入したY社は、特に手を加えることなく、約3か月後には、代金11,524,600円で、本件土地をCに転売しています。
このことからも、本件土地には、11,524,600円に近い財産的価値があったと考えられます。
X社としては、それほどの財産的価値のある本件土地を、2,500,000円で売却し、その代金だけを益金に算入しました。
このような処理が適法なのか、という点が問題となったのです。
3 この点で重要なポイントが、法人税法22条2項です。
複雑な条文なのですが、簡単に言うと、「法人が、自社の財産を無料で第三者に譲渡した場合、その無償譲渡した財産の適正な価格を、自社の益金に算入する」というルールです。
たとえば、法人が、第三者に対し、1000万円相当の財産を無償で譲渡し、その対価を得ていない場合、この財産の評価額1000万円を、法人の益金に算入することになります。
ここにいう「適正な価格」とは、原則として時価を指します。
4 そして、このルールは、一応代金はもらっているけれども、その額が、譲渡財産の適正評価額に比べて大変安いという場合にも、適用されます。
このような場合には、その差額分について、無償で財産を譲渡したと評価され、その額について益金に算入する必要があります。
たとえば、法人が、2000万円相当の財産を、500万円で第三者に譲渡した場合、差額の1500万円相当額を無償譲渡したことになります。
そこで、法人としては、500万円の売上金だけでなく、差額の1500万円についても、益金に算入することになるのです。
5 本件も、結果的に、特に手を加えることなく約3か月以内に11,524,600円という価格で売却できたような財産的価値のある本件土地を、X社が、2,500,000円でY社に売却したわけですから、このようなケースに該当します。
6 もっとも、土地の場合、「適正な価格」、つまり時価を、正確かつ具体的に算出するのが、大変困難です。
土地の時価は、需要と供給のバランスによって決まるので、その土地の面積や形状、立地条件や経済のトレンドなどで、相当の幅が発生すると想定されるからです。
正確な不動産の時価を把握するには、正式な不動産鑑定を実施することになりますが、それには相当額のコストが必要になってしまいます。
そこで、地価公示地の公示価格を基準に、「適正な価格」を算出することが相当であると、国税不服審判所は、判断しています。
また、固定資産税評価額を基準にして、「適正な価格」を算出する方法も考えられます。この基準が、最も単純明快であり、一般的に、取引相場より安くなる傾向にあります。
この点、国税不服審判所は、固定資産税評価額について、「一般の時価よりは低い傾向があるが、客観的な交換価値(時価)を示すものとして一応の妥当性が認められる」と判断しています。
7 今回の実例では、本件土地の固定資産税評価額が、「適正な価格」を算出する基準として、使用されました。
つまり、本件土地の「適正な価格」が、固定資産税評価額である10,687,918円であり、この金額から、Y社からの代金2,500,000円を控除した残金8,187,918円相当額の財産がY社に無償譲渡されたと認定されました。
そして、Y社からの代金だけでなく、「適正な価格」との差額8,187,918円をX社の益金に算入する必要があると判断されたのです。
六
1 なお、この差額8,187,918円については、X社のY社に対する寄附金に当たります(法人税法37条7項)。
2 法人税法37条1項では、寄附金の一部について損金への計上を認めています。
したがって、X社としては、Y社からの代金2,500,000円と、「適正な価格」との差額8,187,918円を、益金に算入することになります。
そして、X社は、差額8,187,918円が、Y社への寄附金にあたるので、そのうち、法人税法37条1項で認められる範囲内で損金に計上し、残金は損金計上できないという結論になるのです。